望まぬ烙印
人はいつだって力を望み求める。弱きものは強きものに、強きものはより強きものになることを渇望する。
だが、人はいつだって手遅れになってから知るのだ。そう……常に手遅れなのだ。
この世界には人の望む力を得る道具がある。それらは魔界で生まれ育った力……つまり【魔具】だ。
魔具は魔界で作り出された武器であり魔界に住む者たちそのものだ。ゆえに力を使うたびに何かを求める。
だが、それを知りながらも人は己の欲のためにそれを手に取る。代償を払いながら力を振るい続ける。
手にしたものはすべからくその力を振るい続ける。そこに例外などありはしないのだ。
そう……僕も例外ではないのだから……
荒れ果てた荒野の中にいつ折れてもおかしくないほど枯れ果てた大木に身を預け静かに眠る人影がそこにあった。
「…………僕。どれくらい寝てたのかな……?」
目を覚ましはあたりを見回す。太陽はすでに地平線の彼方に隠れ、月明かりすら大地を照らそうとはしなかった。それでも立ち上がり周囲を見渡す。
荒れ果てた荒野には自分と枯れ果てた大木だけしか存在しなかった。
「やっぱり……あまり寝れなかったのかな?アレだけ派手に暴れまわった割にはそんなに疲れてなかった……のかな?」
『いーや……よく眠ってたぜ。寝てる間に太陽が一回頭の上を通過するぐらいな』
周囲には自分だけしか居ないのに自分の問いに答えが返ってくる……だが、驚くことなど何も無いのだ。その声の主はちゃんとその場に居るのだ。そう……僕の背中に……
僕が背負っている剣……自分の身丈と同じくらいの巨大な剣の名は『邪神ファルセフォード』――太古の昔神と最初に対峙した魔界の統治者だった者だ。
神との戦いに敗れ大剣の中に封印された最古にして最強の魔具。それが僕の持つ魔具だ……
「そっか……そんなに寝ていたんだね。よくまだ生きてるものだよ……笑っちゃうよ」
そういって乾いた笑いをあげてはいるが声も顔も何より心も、何一つ笑ってなどいない。その悲しい笑い声は荒野の闇に呑み込まれてゆく。
『なに当然の理由だろう。何せ十個大隊なんて夢のまた夢みたいな大軍隊を叩きのめしたのだ。人間達もいい加減認めたのだよ。お前の――主殿の力をなぁ』
「なんの当て付けだい?たしかにあの大群を退けたのは僕かもしれないが……それは僕の力じゃなくて君の力でしょう?ファルセフォード」
そう……得た物は決して自分自身の力ではない。他の……魔の者たちの威をかぶったに過ぎないのだ。
だが、ファルセフォードはそんな返事に闇すらも呑み込むような笑い声を張り上げる。それは大気を震わせ世界そのものが震えているかのような錯覚すら起こさせる。
「何がそんなに可笑しいんだ」
『…………いやいやいや。私は関心しているのですよ?我が主……私を手にしたものは力の大きさのあまり一瞬で心が砕け散ってしまう。精神が強いものでも私を振るうたびに心が壊れていく……だが、主は違った。主は私を手にしながらも心は決して壊れもしなければ揺らぐことすらない。それだけか人の身でありながら私の強大な力を完全に掌握までしている。お陰で私はまだ一度も人の断末魔を聞いていないのですよ。いやはや……たいした御方だ』
それこそがこの魔具の持つ代償。最も原始的な代償……心を代償として売り渡す……だが、僕はいくら刃を振るおうとも僕の心は未だに壊れる兆しを見せない。
それどころか僕はファルセフォードの力を使いこなせるようにすらなってしまったのだ。
魔具を持ちながらも代償が決して払われることは無い……まさにそれは例外といえるだろう。……だけど例外なんてありはしないのだ。僕は確かに代償を払っているのだから……
「君のお世辞なんてうれしくも無いよ。むしろ……怖い」
『自分は化け物よりも化け物だ……とでも言いたそうですね?主よ』
「そうさ……その通りさ!!僕は化け物だ!たった一振りで一体どれだけの命が奪えると思ってるんだ!?」
己が持つ力の大きさを誰よりも知っている自分だからこそ……その恐ろしさに震えないわけが無い……
『成れば私を捨てればいいだけの話……おっと失礼。それが出来ないから今こうして此処に立っているのでしたね。ある意味主が差し出した数少ない代償の一つ……ですからね』
ファルセフォードは嘲笑うかのような口調で事実を突きつけてくる。そうだ……僕は彼を手放す事が出来ないのだ。その勇気が無いのだ……
「戦いたくなんか無い。戦いたくなんて無いんだ!……でも!怖いんだ!!君を……邪神ファルセフォードの力を失いのが!!!」
『そうでしょうそうでしょう?あなた様は私の力無しにはもうその両の足で立つことすら出来ないでしょう……それほどまでにあなたの心は脆く弱いのに……本当におかしな事もあったものですねぇ』
そう言ってファルセフォードは再び笑い出す。今度は笑い声を押し殺すように小さく笑い続ける。あたりはより一層闇を深めていく。
「…………僕が弱かったからいけないのか?心が……力が……僕が強かったらこんなことにならなかったのか?」
その問いにファルセフォードは答えない。その問いすらも嘲笑うかのようにただひたすら笑い続ける。彼の問いに答えるかのようにして地平線から光が溢れ始めた。
「夜明け……」
荒れ果てた大地を照らす光に目を細める。どんなに己が堕ちようとも……己が光を見失っても……放たれる太陽の光だけはいつも等しく照らし続ける。
「……誰か……来る」
『くっくっくっく…………おや?……なるほどついにお出ましのようですよ?我が主……神の加護受けし者。この世界の救世主さまが……』
地平線にのびるその人影は少しずつこちらに歩み寄ってくる。そして近づくごとにその姿をはっきりと捉えられていくようになる……。
懐かしい……とても懐かしく感じるその面影。もう何年……何十年と会っていないかのような感覚を覚える。本当はまだ一年と経っていないのに……
――彼は誰よりも強かった。それは力だけでは無く心も。
――僕があこがれた……まさに理想のような人だった。
――僕の理想で目標で唯一……僕を親友と呼んでくれた人
「……久しぶりだね。元気だった?」
互いの顔がはっきりと見える範囲まで歩いてきた彼にかけた第一声はそれだった。だが、彼は何も言わない。口を閉ざしたまま僕を見るだけだ。
「そんな仏頂面しちゃだめだよ?君は世界の救世主。神に選ばれた人なんだから」
僕はそのまま話しかけ続ける。ひたすらひたすら。今まで話していなかった分をまとめて今ここで吐き出すかのように……それでも彼はまだ口を閉ざし続ける。
そうしている内に僕も言葉を失う。伝えたい言葉をすべて彼に送り終えた。二人の間に沈黙が流れる………そしてその沈黙を彼はついに破った。
「どうして……どうしてこんなことになったんだよ!?」
彼の叫び声は僕の心に強く――痛いほど強く響いた。その言葉にはありとあらゆる想いが詰め込まれているのだから。だからこそ僕はその問いに答えなければならないのだ……
「強く……強くなれなかったから。僕が……君のようになれなかったから……」
彼から一筋の涙が流れる……僕も涙を流したかったが……叶わなかった。僕の涙はいつの間にかこの荒野のように枯れ果ててしまっていたのだ……。
僕の失ったものは何よりも辛いものだった……それはファルセフォードの力ですらつりあわないほどに大きい代償だ。
「止めに……来たんでしょ?」
返事は……無い
「それが君の役目なんだよ?果たさなきゃダメだよ?……烙印を押された僕を……討たなきゃダメだよ……」
彼はどんな時でも優しかった。どんな時でも僕を信じてくれた。僕の親友……でも、もうそう呼ぶことは出来ない。
僕が……それを選んでしまったのだから……
『哀れだねぇ……我が主よ。主が目指したものは今こうして主の前に立っている。対等な立場で……敵という立場で』
ファルセフォードが歓喜に満ちた声で言う。否定しない――否定できない。それが僕の選んだ結果なのだから……
「この大馬鹿野郎……」
小さくつぶやくと彼は剣を抜き放つ。放たれた剣は太陽の光を浴びて光り輝いていた。
「仕方ないよ……僕は……馬鹿で駄目な奴だもん」
そうして僕もファルセフォードを手に取る。今の僕は振るうことに躊躇すらもう抱けていない……やはり代償を払いすぎたようだ……いや。
「それ以前の問題……だね」
力を望むものはすべからく代償を払わされるのだから……そこに例外なんてありは……しない