無機質で無情な石に覆われた狭く薄暗い通路。
壁に点々と灯る明かりの中で誰かの規則的な足音が響き渡る。
無音に限り無く近い暗闇の中は足音ですらやかましく感じる。
「・・・・・・・・・。」
男は無言のまま暗闇の奥へと揺ぎ無く歩み続ける。暗闇の奥にあるものを目指して。
「・・・・わざわざこんな所まで出向いて来るとはどんな用件だ?」
山彦のように響く足音に混じり低く暗い声が男の耳に入り込んできた。
その声は足音にすらかき消されそうなほど遠く霞んだ声・・・
男はその声に返事もしなければ反応すらしない。
ただ黙々と声のする暗闇の奥へと歩み続ける。
「ふん!どうぜ貴様のことだ。私がいくら問いかけようとも答えるつもりなど無いのだろう・・・。だが、それでも私は幾つか貴様に問う。」
「教授は今どうなっている?どうせ、捕まった所で大人しくなる玉でもあるまい。」
響く足音の中に混じり続ける問い。だが、男はそれに答えを示さない
「そうそう、歳人はどうしている?少々気にかけているがここではわからないからな。」
「そう・・・こんな薄暗い特別製の独房の中じゃ・・・なぁ。」
コツ・・・足音が止まる。同時に問い掛け続けて来た者を確認する。
「っで、いまの問いに対するお答えの方は?せ・ん・せい?」
薄暗い暗闇の一番奥。男がたどり着いた先は独房の目の前。
その頑丈な鉄格子の奥に一人の男が座っていた。
男はここにたどり着くまで頑なに守り続けた沈黙を破る。
「特別に一つだけ答えてやろう。私の用件はただの暇つぶしだ。」
男は侮蔑の意を込めて言葉を吐き出す。その冷たく刺さる視線の先・・・
独房の中にいる男に向けて。だが、それをまるで意に介さず言葉を返す。
「ほぉ。ただの暇つぶしで態々こんなクズみたいな場所に来られるとはご苦労な事で」
そんな売り言葉に買い言葉のような言葉を互いに交わしつつも互いに相手を威嚇する様に睨み合う。普通ならばそこに立つことすらままならない威圧感を含ませつつ・・・。
1秒、1分、1時間・・・どれだけ時間が経ったのすでに解からない。そんな長い沈黙が両者の間に決して揺らぐことの無い均衡を保ち続けていた。
だが、次の一言で長い沈黙が崩れ落ち、さらにもう一つのものを崩そうとしている。
「さて、暇つぶしとはいえ貴様の言うようにこんなクズみたいな場所で無駄に時間を費やす為だけに着たのではない。暇つぶしとは・・・そう、古い知人と昔話に花を咲かせる為に来たのだよ・・・
神金・・・その一言に男は立ち上がり鉄格子をあらん限りの力で握り、叫び、吼える。
その光景はあまりにも哀れ・・・情け無い光景にも見えるが、その男のもっとも本能的な感情・・・怒りはそんな光景すら恐怖に変えてしまう。
「私を・・・私を・・・お・・・俺様をその名で呼ぶなぁぁぁああ!!!」
響き渡る怒号は狭く薄暗い通路の先まで響き渡る。その声と感情の圧迫感だけで人が殺せそうなほどの中。男は悠然と立ち薄ら笑いすら浮かべている。
「馬鹿な奴だ。それでは貴様が神金だと言っているようなものではないか。違うか?」
「違う!俺様の名は無神!神金なんてクズ野郎。この世に存在しない!!」
叫び続け、息を荒げる無神。それを見ている男は優越感にでも浸っているかの様な・・・何かに魅了されたかのような笑みを浮かべている。
「愚かだな。神金・・・やはりあの日から貴様は何一つ変わっていないな。」
「くっ・・・お前は何が目的だ!?」
「言わなかったか?ただの暇つぶしに
「誰が・・・誰が過去を振り返るものか!そんなことをするつもりなど毛頭無い!」
「・・・本当にちっとも変わらん。あの日の如く頑固なことだ・・・」
「俺様は諦めるつもりは毛頭無い。誰がなんと言おうと俺様は諦めるつもりは無い!」
「いくら言おうとも許可するつもりはありません。君は優秀だ。私の助手にしたいほどその能力を私は買っている。だが、愚かしいことはするものじゃありません。」
「いや、俺様やると言ったらやる!たとえ教授が許可しなくともやる。」
「ふぅむ・・・どうやらこの天才の私といえ、君のような者に対しては少々不得手のようだ。仕方ない神金君・・・・『空の泉』研究許可しよう。」
「これで潜るべき問題は無い。したらここに用は無い。じゃぁな教授」
「君の実力。じっくりと拝見させて貰うか・・・(どうやら頑固で意固地な者を言い負かす研究が必要のようだな。興味はそそられんが、必要性を感じる・・・。)」
「貴様のあの頑固さのお陰で私も『空の泉』研究をすることが叶ったことに対して礼を言うべきかな?」
「ちっ!白々しい・・・!」
男の皮肉に舌打ちをしながら未だに怒りを瞳に宿し男を睨む無神。
だが、やはりそんなことはお構いなく話を黙々と進めていく。
「・・・結果、貴様は国の研究機関の研究員として空の泉の研究に携わった。」
「貴様・・・私を差し置いて国家研究員になりやがって・・・!」
「ふん!二番煎じの奴が何ほざいてる?当然の結果だ。」
「きっ・・・キサマァァア!!」
「悪いが今お前とやりあう気は無い。俺様は忙しいんだ・・・お前はちまちまガキどもにせいぜいましな話でもしてやるんだな」
「そういえば、あの時お前は俺様を叩きのめそうとして結局返り討ちにあったな?」
「ふん!そんなこと私の記憶に無いな。」
無神が優越感に浸ることで怒りの念が薄らいだようにも感じる。
そんな優越感を見るのが嫌で嫌でしょうがないのか、すぐに話を戻した。
「しかし・・・貴様は数年研究に携わっただけですぐにやめ・・・しかもあろうことか完成まじかのサンプルを全て盗むという至極の愚行を起こした。」
無神と最初に対峙したときと同じような侮蔑の意を込めた言葉と視線を突きつける。
「愚行?何あの日と何ら変わらない馬鹿なことを言ってる。愚行というならばあのクズの研究員どもにこそ相応しい言葉だったさ。あの日も俺様はそういっただろ?」
「あぁそうだ。確かに貴様はそういった。だから言い返した。そして」
「神金・・・貴様自分のやっている事の意味を理解しているか?その行為はどんなことよりも愚か。至極の愚行としか言いようが無い!」
「愚行だぁ?愚かなのは俺様じゃない。すでに研究は終わっているにもかかわらず、こそこそといつまでも隠し続けてあわよくば国家機密として封印しようなんて。それこそ至極の愚行じゃないか!?」
「貴様はただ見えていないだけだ。物事にはルールがある。全て表に出す事だけが正しい行為とは限らないのだよ。」
「詭弁だ。所詮その程度の考えしかもてない。教授の言葉が良くわかった。この国はクズだ!誰かが何かしてやらねばいつまでも腐ったままだ。」
「教授・・・?教授に何の関わりが在るというんだ?」
「それすら解からないか・・・この計画は俺様と教授で行ったものだと言う事をなぁ」
「なっ・・・!!」
「さて、目的は教えてやった。邪魔だどけ!」
「そして、貴様を倒すことを決めた。」
「ふん。まだあの日のことを覚えてはずるずると引きずっていたわけだ。」
「貴様の言うことなどに耳を貸すつもりは無い。私は貴様を捕まえて国に叩き出してやるだけのことだ。」
「自惚れか?俺様に勝てるとでも?傷ひとつでも負わせられるとでも思ったか?」
「雑魚がいきがるのは見苦しい。すぐに終わらせてやる。」
「望むところだ。」
「だが、結局あの日に決着はつかなかった。そう・・・つかなかったのだよ。」
男はそういって鉄格子の錠前に手を掛け・・・鍵を開ける。その行動に無神も理解が出来ずに怪訝な顔つきで男を見る。
「だから私はここに来た。暇つぶしに貴様との決着をつけに来たのだよ・・・神金!」
今まで氷のような冷徹な男の声に表情に激しい感情の高ぶりを感じる。そして、懐から一本の万年筆を出し無神に投げ渡す。無神はそれを受け取るとしばらくその万年筆を見つめながら考え込む・・・そして
「まさかお前からそんな話が出るとは・・・思ってもみなかったな。」
無神の顔には怒りは消え、狂気の喜びに満ち溢れていた。
「さぁて・・・始めようか・・・」
「あの日の記憶と共に決着をつける為に・・・さぁ、来るがいい」
「貴様に言われずともすぐに終わらせてやる!」
「それは俺様のセリフだぁ!松林!!」
深い深い闇の奥。二人の男は一つの記憶の結末を迎える為に刃を交える。
決して終わると思えないような長い長い戦いが繰り広げ続けるのであった。
響く音は全てを飲み込みつつ・・・