明るい夜だった。
 その日、俺は友人と会う約束をしていたのだが、時計のアラームをかけ忘れ、昼寝をしてしまったらしく、ことごとく約束の時間を1時間もオーバーして、待ち合わせの場所に向ったのはいいが、無論友人の姿はなく、途方に暮れ、現在、帰路に着いている。
 携帯電話の画面を見るとデジタル表示の数字が現在の時刻がP.M.8時50分であることを示している。ついでに画面の端に表示された着信履歴がありと言うマークが、どうやら10回ほど着信があったらしい。これではアラームをセットしても起きることができたのかが心配になるが、もう心配する必要はない。いや、というかなんだ、ごめんなさいだ。
 どうも俺は寝癖(髪のほうではない)だけは悪いらしく、実は苦労していたりする。見たいテレビ番組があると言うのに起きて見ると番組が終わって半日後などと言うのもしょっちゅうだ。自慢になる事じゃないけどね。
 まぁ、家に着いたら電話でもしてじっくりと謝ろう。
 
 俺が住んでいる街、神木台(かなきだい)は、然程大きくもない神木駅を中心に、駅の大きさの割に栄えている街だ。そして駅から大人の足で10余分ほど歩いたところに俺の住むマンションがある。近くに大きくも小さくもない墓地があるので、それが目印になるだろう。まぁ、あまりいい気持ちのする目印ではないな。俺の家の周りには、それを除けば案外便利だったりする。すぐ近くにコンビニがあるし、その隣にはクリーニングもあれば、図書館もあるし、すこし大きめのデパートもある。まぁよくこんなところに建てたがるな、地価が他の場所と比べて安いのだろうか、まぁ考えないでおこう。
 俺は高校から学校というものには無縁で、ここで暮らしていた。皆でいう高校時代というものは家でずっと引きこもっていたと思う。とはいってもちゃんと外へ出て運動もしていたし、友達とでかける事だってあった。勉強の方は・・、高校時代に入ったあたりで大学卒業並の事は終わっていたし。趣味で中学生のころに適当な専門科目を学習しておいた。あまり役にたった事はないんだけどね。
 まぁ、そんなこんなで今年で普通の現役生なら大学3年になる歳だ。

 話は戻って・・
しかし今日は一段と月が明るい。まだ満月にはすこし満たないくらいだが、いつもよりも輝くを増しているように見える。今は7月の13日だから、上弦か。
おっと、もうそろそろ家につく、墓地が見えてきた。墓地のすぐ向いにコンビニがあるので、そこで何か買っていこう。
 と、思ったその時、空が暗くなった。

ドサッ。

 何かの落ちる音、おいやめてくれよ、後ろの墓地からそんな音がしてたまるかよ・・。そうか、鳥か動物かなんかだろう。俺は少しの恐れを抱きながら後ろを向き状況を把握する。
 
 そこには、白いワンピース姿の少女が横たわっていた。
 まてこれは少女でいいんだよな。物体じゃない何かじゃないよな。幽霊の存在は肯定しないが、このようなシチュエーションだと、少し疑ってしまう。
 俺はすこし近くまで行ってみる、あぁ、足がある、大丈夫だ、などと思いつつも、それが少女であることを改めて認識した。歳は10代半ばくらいか、黒髪で腰くらいまでのストレートで、白のワンピース、いかにも夏って感じな少女だな。しかし倒れている以上、何かがあったに違いない、俺は「おい、大丈夫か」と声をかけてみる。
 ・・・返事がない、ただの・・と考えたところで少女の指がピクリと動いた。お、生きてる。少し安心しつつも少女をゆすってみようとしたとき、
 勢い良く少女が起き上がり、間髪入れずに俺に抱きついてきた。
 しまった、これは何かの呪いでここからどこかへ引きずり込まれてしまう!・・と思ったかどうかは分からないが、驚きのあまり身体が硬直してしまう。くそ、これが奴の術か何かか・・!と考えたところで
「ふええ、こわかったよぉ・・」
 少女は幼く、澄んだ声で言った。どうやらその手の者ではないらしい。
 一応、どうしたんだ?と俺は聞く。
「あそこ・・」
 少女はデパートの屋上のほうを指差した。まさかあそこから落下したんじゃあるまいな。3階とはいえ、随分な高さだ。
「気づいたらあそこにいて・・どこだかわからなくって・・下を見たらあなたが見えたから、その、降りてきたら・・」
 やはり落ちてきやがったのか。どういう神経だ。と言うか、どういう体だ。是非観察の余地が・・いや嘘だ。これは犯罪だ。
 そしてこんな夜中に迷子か、困ったものだな・・。
「というかそろそろ腕を離してくれ。苦しいし。」
 一応、すんなりとは離してくれた。
「さて、まず、君の名前は?」
「名前・・?なぁにそれ、わかんない」
 ホワッツ?まてこれは落下したショックで記憶を失ったとかそういう王道なパターンじゃあるまいな。
「わからない・・?じゃぁ君の親御さん達はどこに?」
「わかんないの・・」
 何かそのような予感がしてきた、謎々しいのが好きなのかこいつは。
「落ちたショックで思い出せないのか?」
 少女はうーん、と唸っただけだ。
「と言うか、良くあんなところから落ちて平気だったな、何者だよいったい・・」
 俺はつぶやく。
「とりあえず、この星の者じゃないと思うんだけど・・」
 ホワッツ?しかも2回目。サービスだもっていけ。
「え・・?い、いや、変な冗談はいいから、えーと・・じゃぁまぁ話を聞こう。とりあえず、近くに俺の家があるからそこで話さないか?」
 無論、やましい気持ちなどはない、むしろ不気味なほどだ。いや、正直、こんな墓場では極力話していたくないというのが本音だ。
「うーん・・、うん、わかった」
 ほっ、良かった、断られてもすごく困るしな。
「とりあえず、こっちだ、ついてきな」
 とりあえず墓地から出る事にしよう。
「それで、俺は君の事を何て呼べばいいんだ?」
「うん?なんでもいいけど」
 困った、俺はネーミングセンスというものが無くてだね・・。
「じゃ、じゃぁ、シロでどうだ、白いから」
 アホか俺は。これでは犬かなんかじゃぁないか。
「あ、それ、いいかも」
 あらま。オッケーを貰ってしまった。
 まぁ他に呼ぶ名前が分からないんじゃ、しょうがないな。
「じゃぁ、よろしくな、シロ。えーと、俺の名前は・・」

 振り向くと、少女はそこには居なかった。
 
 夜が明るくなった。