プロローグB
ラッシュ時の人ごみをかき分けて逆走する人影があった。
男の本来の目的からすると、このような人目につく行動は禁物なのだが
その危険を冒してでも確かめなければならない、気がかりなことがあったのだ。


「チッ・・」
やはりだった。
セッティング位置がずらされ、時間計が破壊されている。
とりあえず一呼吸おいてあごを伝う汗を拭い、位置を元に戻す。
それからカバーをはずして中をチェックする。内部の機器もいじられていた。
これではいつ爆発するかも知れない。
しかし、この型だと、壊されたことによって早くなることはあっても
遅くなることはないと推測できる。その時は間近に迫っていた。
目だけを走らせ辺りを見回す。
幸いなことに、電車が発車した直後であったためホームに人はいなかったが、
いまこのタイミングで炸裂すれば全ては意味のないものになってしまう。
焦りながらも迅速な対応が求められた。
「おじさん、そんなところでなにしてるの?」
声が降ってきた。
全神経を集中させていただけに不意打ち。俺は頭を床に強かに打ちつけた。
「っつぅ・・爆弾が爆発しそうなんだ」
涙目でそう返しつつベンチの下から這い出る。
一刻の猶予もないこの状況下で取り繕うのはかえって逆効果だ。ここは真実を述べることで恐怖を与えこの場から遠ざけることにする。


「ふ〜ん」
しかしその人物は遠ざかるどころか、あろうことか件のベンチへと腰掛けてしまった。
危機はもうそこまで迫ってきている。
“無血の主張”
男が自らに課した唯一絶対のルールであり信条である。
これがある限り男は自らの行動で他が傷つくことを許されない。


こめかみのあたりがチリチリする感覚。暑さのせいじゃない・・。
空気中の緊張を感じ取り、身体が反応しているのだ。
「クッ・・!」
少女を脇に抱えホームの端へと疾走する。
一瞬の静寂。
五月蝿かった蝉の合唱も消える。
一拍おいて、
背後の空間が質量となって爆ぜた。
宙に浮く感覚。
遠のく意識。
それでもなんとか少女を守ろうと腕の中へ抱えなおす。
その時に見えた彼女の顔、
陰でよくは見えなかったが怯えているようではなかった。
意識が続いたのはそこまでだったが、
後にこのことで俺は“何故最初に気付かなかったのか”と激しく後悔することになる。