シノザキ
到着したときには遅かった。
瓦礫の大地と、赤々と燃える血の草原。
少なくともそれを見て神月はそう思った。
相棒のネルクがヤツの殺気をキャッチしてからでは遅かったのか。
ここ二週間、ろくに寝てない体を引き摺るようにして、向こうの出方を待った自分が、軽率だったと。あごから伝う汗を拭うこともせず思考する。
生存者ナシ。生命反応―
熱くなった葛藤と自責の念が渦巻く一方で、冷めた思考が現状を把握していく。
――有り。
まだ終わっていない。目だけで視界を上げると赤を背にして立っている影が飛び込んでくる。その距離、顔が見えるか。その威圧感、肌に感じる。自分の置かれた状況に自嘲気味のため息をついて、ゆっくりと。中腰で膝に手を付いた姿勢から上体を起こす。
よく見ると彼は神月に背を向けていた。待っていたといわんばかりに。いや、実際に彼は待っていた。現に彼が造った草原は乾き始めている。常に最後の生命を切り刻んだ瞬間に姿を消す彼には珍しいことだった。
「どうだね気分は」
神月の呼吸が落ち着くのを待って届けられたのは、そんな涼しい問いだった。
「…あぁ、最悪だ」
それが余裕であると信じて言葉を紡ぐ神月。
そうかいと。短く返してさらに問いは続く。
「悪いニュースと良いニュースがある。どちらを聞きたい。」
日本人口の2%を殺いだ前代未聞の殺人鬼が、まるで世間話をするかのごとく。神月には狂っているとしか感じられない。こみ上げてくるなにかを抑えるため、神月は無意識の内に、ポケットのカッターナイフを握り締めていた。
「悪いニュース、ボクはもうヒト()刻まない。良いニュース、ボクみたいなのが今後増える。」
客人の返答をまたずして話しを進める主催者。
意識してカッターを握った殺気をよそに、神月の好奇心は彼の話に興味を持った。
「趣を変えてみることにしたよ。」
彼の報告が喜の色を増す中、
「狩る者を狩る。今度は退屈しないで済みそうだ。」
殺気はカッターを構えるところまでいき、
「君も来ないか。君との鬼ごっこは楽しい。」
好奇心はその招待の受諾に手を伸ばす。
「次も、きっと楽しいパーティーになる。」
その背中―黒いコートが満面の笑みを湛えてたなびく。
一方で白いワイシャツが、己を二分する葛藤に震える。
呼吸が押し黙る奥で、思考が迷走する―――


なんのためにここにいるのか。
ヤツを殺すため。
なぜ殺すのか。
面白いから。
なぜ面白い。
面白い。
そう面白い。
ヤツとのやりとり、面白い。
死の原で追うヤツの足取り。
ヤツが刻んだ死の原を。
オレが追いかけ踏みつける。
ただそれが面白い。
死を刻みゆくヤツの背に。
オレが死刻み捕まえる。
ただそれだけが面白い。
面白い。
面白い。


―――「っひひ」
神月は思い出していた。
自分が何者であるか。
狂気に対する怖気も、先ほど熱い葛藤も流れる汗も。
すべて偽りのものであったことを。
死と狂気という自分に仮面を被せ、その上からさらに常識という感情のオブラートを塗りたくる。一般的にはこうする。こうなる。社会という群れに潜むための許可書。
この瓦礫と死の草原において、ようやくそれを剥がすことを許される。
この伸ばす手は更なる生と死、その可能性を望み。
この切っ先は眼前への欲望、いまの渇望を代弁する。
「どっちもいい。お前の誘いも面白そうだ。」
舌なめずるような高揚感の中でそう吐き出す。
「ん〜、ようやくその気になってくれたようだね」
歓迎と狂気をもって、ニヤリ。
黄昏時とともに黒に染まる草原、すっかり溶け込んだ背中がそれに応える。
そうだ、と。
「ここでお前を屠り、次にいく。」
神月は答えを呟く。それが最良の選択だと、ギラついた視線を獲物へと突き刺す。
「なるほど!それは気が付かなかった…良い判断だ。」
いかにもわざとらしい、芝居がかった調子でそう感心するコートの男。腕を広げ、空を仰がんばかりだ。
「けど…ボクは君を諦めないよ。今回のパーティーには是非君にも参加してもらいた――
軽い声色でそんな意志を表明しようとした矢先。その背中に突きたてようと高速の刃が一閃される。
「おやおや問答無用かい」
黒のコートは振り向きもせず、それをゆらりと横にスライドして避け、白の手袋が火花を伴って制止する。
んん〜、と。心底楽しそうに指の間で止められているソレを眺める。
「それにしても、コレが厄介だよねぇ」
彼が口を開こうする間にも、ソレは存在が薄れ、瞬く間に透けて消えてしまった。
彼と刃の持ち主―神月の間には、距離という絶対的な隔たりが横たわっている。互いが一歩も動いてない状態。にも関わらず、神月の刃は確かに彼に届いている。

―――空間無視

彼がいう、厄介さの根源。神月の放つ刃は、その距離に関係なく、本人が認識した対象を切り裂くことができる零距離の刃。直線的な攻撃であるとはいえ、そのアドバンテージは、流動を基本とする彼にとっても十分な脅威あるといえた。
二閃三閃と、突き横薙ぎ。
神月から立上る衝動さとは裏腹に、その攻撃は正確で無駄がない。
黒いコートはそんな矢次に放たれる刃を、ゆらりゆらりと。紙一重で避けつつ、避けきれない場合は手袋で、火花と共に受け流す。決して振り向かず、変幻自在に。黒いピエロが跳ね踊る。
いつまでたっても涼しい背中、流れる汗で透けるワイシャツ。
常に余裕がある彼に対し、攻撃の質にこそ無駄がないが、ここに駆けつけてきた時点ですでに疲労困憊、勢いだけの神月。彼のペース、持久戦に持ち込まれた時点で勝敗はみえていた。あとは弱った神月を、彼がパーティーへ招待するだけ。少なくとも黒いコートのピエロはそう考えていた。徐々に距離を詰め、やがて、ただ立っていることしかできなくなった神月に振り向く、その瞬間までは。
「「チェックメイト」」
瞬間、何十という刃が黒いコートを突き破る。
久方の静寂が訪れた虐殺の草原。
串刺しにされた男は、その真実をみる。
神月の全身に仕込まれた刃が、自身を貫いていたのだ。
しかし、全身といっても仕込まれていたのはその体内。
眼前の男もまた、自身の刃に、内側から貫かれていた。
互いに刃が消滅しても崩れることなく、ただ対立する。



    ――クククッ
         ――ふふふっ



それは勝利の美酒か。
相手への賞賛か。
「捕まえたぜ」
「本当に面白いねぇ君は。」
これは笑うしかないと。
ただただ笑いがこみ上げてくる。
そして、その狂気と混沌の二重奏は。
朝日を浴びることなく……掻き消えた。
あとがき  (という名の懺悔かも…

背中で語り、避ける男(笑)
…失礼しました
こんばんはお久しぶり 図書神です <(_ _)>
リハビリ作です。一年振りの執筆でした

武装錬金のム〜ンフェイス(←「〜」重要 笑)のキャラが忘れられなかったり、
黒の契約者というアニメで黒いコートの殺し屋に憧れたり、
あとはその場の思いつきで『夕焼けと瓦礫、その中央に立つ人影』なシーンとか、
ずっと書きたかった武装:カッターとか、
学生時代の正装、ワイシャツ(腕まくり)だとか、

イロイロ影響されたものがあり、
書いてみたかったものもいくつか入れられたので、
我ことながら、相変わらずの駄文ですが、書き上げたことに満足しています。

舞台背景、キャラクターの考え・目的など、盛り込めたかは別にして、
自分の作品を客観的にみれるようになったことに、自分の成長を感じます。

黒のコートの男は主人公に対して、最後のシーンになるまでずっと背中を向けているわけですが、
冷静に考えるとすごく変で笑えます
背中で語る男(漢?)が書きたかったのです!許してください…

…黒コートの彼、大好きです
詳しい設定も書きたいので、またどこかで使いたいと思ってます



ご拝読ありがとうございました。





<いま思い出した裏設定メモ>
・タイトルの「シノザキ」は「死の先」と掛けてあって、「篠崎」黒の彼の名前でもある。
 …また図書神のくだらないシャレが発動です
・ワイシャツは腕まくり仕様
・殺人犯を殺してもいい法律が制定された時代の話
 →この免罪符により、実は刑事の主人公神月が、シノザキを追う(捜査にかこつけて殺しを楽しむ)動機が発生
・シノザキの武装は手袋…ではなく糸。
 戦闘中、コートが傷つくことを庇い全て手袋で対応していたが、実はコートでも刃を防げる』
 という設定にしたかったが、演出を優先して却下。
・シノザキがずっと背中を向けている理由
 →主人公神月がずっと追いかけるも、届かないもの。永遠に背中だけしかみえない。
  というイメージの具現…正直ちょっとやりすぎたと反省

<キャラそれぞれの動機案>
・二人がそれぞれ「殺す」理由について
 →神月については抽象的ながらも少し触れられましたが、肝心の彼はノータッチでした
  二人にはそれぞれ「切りたい欲望」というものがあり、シノザキはよりカタイものを、神月はより強いものを求めて
  これは、ひとごと建物を切るから瓦礫ができる、という冒頭の伏線、神月がシノザキを追う理由にそれぞれつながる
・シノザキが建物を切る別の理由として、『空・月がみえずらい』
 …月のひとが頭から離れない思考から生まれた結果
・新月の夜(月一)にしか動かない(殺人、殺建物しない)設定
 自分が月だという考え方で、月が見えなくなる新月にしか活動しない



ここまで書いてみて、
…正直、盛り込めば確実にもっと膨らむと思われる案(愚痴・懺悔)が多すぎることに気づく
やる気があるうちに書き加えなきゃ…(汗)