レジェンダリー・オブ・ストロンゲスト
時は西暦2100年。
世界中の深刻なエネルギー不足から中東、アジアの豊富なエネルギー資源を巡る各国の対立から、第3次世界大戦が勃発。米、露、中三ヶ国の争いを中心とした戦争は瞬く間に全世界に広がり、情勢は混乱を極めた。
大戦のさなか、戦争のコンセプトそのものが変化する自体が起こる。
日本の学者らが富士山麓で、奇妙な鉱石を発見した。石灰のように軽く、硬度は鋼鉄の数倍硬く、レーダーに極めて反応し難いその鉱石は、その夢のような性質から〔ドリムダイト〕と名づけられた。
後に〔ドリムダイト〕は、高山のマグマ層付近に発生することが判明した。
さらに日本は〔ドリムダイト〕を利用し、かねてから研究されていた2足歩行型陸戦兵器〔マシン・アーマー〕(通称MA)の開発に成功。
2足歩行で動くことで悪路、険路を軽々と突破し、〔ドリムダイト〕のレーダーに反応し難い特性を利用する事で現行の、レーダー頼りの傾向にあった最新兵器の多数を無効化できるこの兵器が世に出たことでレーダーを多用する海戦、空戦戦闘は廃れていった。
他国にMAを大量に輸出しMAの最優先端技術を独占する日本は、いつしか世界の中でも屈指の軍事力を持つようになった。
月日は流れ、西暦2142年。
泥沼と化した戦争に終止符を打つべく米、露、EU各国、それに日本を加えた国々の間に世界平和エネルギー条約が締結される。
この条約により、各地での戦争は少しずつ収まっていった。しかし、いまだにアジアのエネルギーに対して野望を捨てきれない中国、独立を目指す小国と小国の紛争など、まだ問題は山積みとなっていた。
この不安定な状況を打開すべく、新生国際連合は各国の一線級の軍人を召集して戦争のプロ集団を結成させる。この集団は独立機動平和維持部隊〔P.E.S〕と呼ばれ、戦闘行為の止まぬ世界各地に派兵されていくようになった。
そして西暦2148年、インドシナ半島ハノイ郊外にて〔P.E.S〕と中国陸軍の戦いが始まる・・・・・・・・・・・・・・
――――ありえない。
中国製MA〔ハルバス〕に乗る中国軍兵士は、今目の前で起こっている事態が理解できなかった。
〔P.E.S〕の、たった1機のMAによって寮機が次々と蹴散らされていく。
味方の〔ハルバス〕は敵MAに向けてサブマシンガンを乱射するが、敵MAは銃弾の嵐を軽々と回避し、持っていたA・ライフルによってまた一機〔ハルバス〕がその場に崩れ落ちる。そうしている間にも、次々と〔ハルバス〕が破壊され、蹂躙される。
「くっ・・・・・・このぉっ!」
残っているMAが自機しか居ないと気がついた中国軍兵士は、携行するサブマシンガンを敵MAに向けて発射する。だが、目の前の敵MAはまたもや回避してこちらに手を伸ばして来て、〔ハルバス〕のヘッドカメラが敵MAの手に鷲掴みにされる。
「おぉっ!?」
有視界戦闘を基本とするMAにとって、パイロットの目や耳の代わりと成るセンサー類が収納されている頭部は、MAの急所とされている。モニターには敵MAの手の平しか移らず、コクピットのスピーカーからはミシミシ…と、〔ハルバス〕の頭部が握りつぶされかけている音が聞こえる。
そして、かろうじて潰れていなかった外部の集音マイクが何かが引き抜かれた音を拾う。
その音が何の音かを推測する暇も無く、〔ハルバス〕のコクピットの中に巨大な鉄の塊が進入してきて、中国軍兵士の身体を押し潰す。主を失った〔ハルバス〕はその巨体を後に倒し、そのまま活動を停止した。
「こちら遊撃兵。中国軍MA部隊を殲滅、これより帰還する」
白銀のMA―――〔P.E.S〕最新型MA〔クルセイダー〕のパイロットは先程倒した〔ハルバス〕に突き刺さっている対装甲ダガーを腰部の鞘に納める。
鞘に納めたと同時に、少し離れたブッシュから2機の、所々損傷しているMAが這いずり出てくる。
2機とも、〔P.E.S〕の所有するMA〔ファイター〕だった。やや旧式の機体で、先程交戦していた〔ハルバス〕と比べると性能で少し遅れをとる機体である。
「いやぁ助かった。援護感謝する!」
「まったくだ、10機の〔ハルバス〕にでくわした時は覚悟したよ・・・・・・」
安堵のあまり、2機のパイロットはため息を漏らす。
「はぁ・・・・・・・・・・まったく、多寡が10機がなんだってのよ。あんたたち」
そう言って〔クルセイダー〕のパイロットは被っていたヘルメットを取り、頭を露にする。ヘルメットの下には、まだ子供の面影が残る少女の顔があった。黒髪をツインテールにし、金色の目を持つその少女は計器類に異常が無いかをチェックし―――――〔クルセイダー〕のエネルギー残量が僅かなのに気がついて顔を青ざめる。
「ごめん、ちょっと手ぇ貸してくれない?」
MAはパイロットの安全性と地球環境への配慮のため、エネルギー源をバッテリーによる電力で賄っている。当然激しく動けば動くほど、バッテリーの減りも早い。この場合、基地へ帰還するためには仲間の手を借りる必要がある。
2人の〔ファイター〕のパイロットは苦笑し、機体を動かして〔クルセイダー〕の肩を支える。
「ん・・・・・・ありがと」
そのまま3機は、ハノイにある〔P.E.S〕の基地へと向かう。
「ところで、名前を聞かせてくれないか?」
「そうそう。あとで何かおごらせてくれよ」
〔ファイター〕のパイロットが口々に少女に尋ねる。
「そういえば、駆けつけたっきり名前も言ってなかったわね・・・・・・」
と、少女がつぶやく。
「私は〔P.E.S〕独立遊撃兵士、アリッサ・ネイビス少尉。よろしくね!」
少女―――アリッサ・ネイビスの名前を聞き、2人が硬直する。
「ちょっ・・・・・・ネイビスって・・・」
「あの、〔P.E.S〕のMA乗りの中で最強と言われたアンドレイ・ネイビス大佐の・・・・・・」
「そ。私のお父さんよ・・・・・・もっとも、今は亡くなっちゃったけどね」
あっけに取られている二人を尻目に、アリッサは二人にこう告げる。
「今日の晩御飯、よろしくね?」
「いやー、戦った後のご飯はやっぱり美味しい物ねー」
食堂で、二人の〔ファイター〕のパイロットからの奢りの料理を食べ尽くした後、アリッサはゆっくりとけのびをする。そして、テーブルの上に置いてあった電子手帳を手に取り、今日の自分の戦闘データを表示させる。
「うーん、やっぱり戦闘時のバッテリー消費量が減らないなぁ。もう少し気をつけないと」
自分の戦闘データを見直し、注意点を食堂の紙ナプキンに書き込む。その時、アリッサの背後から何者かが声を掛ける。
「随分と勉強熱心だな、ネイビス少尉」
「ええ、おじ様」
いついたのか、アリッサの背後には初老の男が立っていた。
「基地の中では中佐と呼びたまえ、これで4回目の注意だぞ少尉」
「失礼しました、中佐」
男は〔P.E.S〕ハノイ基地支部長ベルドー・クルーガー中佐であった。
ベルドーはそのままアリッサの隣の席に腰掛ける。
「今回の君の戦闘データは私も見させてもらった。・・・・・・・・・最強と呼ばれた、今は亡き君の父を彷彿とさせてくれる素晴らしい戦果だ」
「ありがとうございます」
「・・・・・・・・・・・・が、しかしだ」
と、ここで一息つき、ベルドーは煙草に火を付け一服する。
「あまり無茶はしないでくれ。もしも君に何かあったら、あいつに申し訳が立たん」
「・・・・・・ごめんなさい」
「あいつが戦死してから君を引き取った時には、こうなるとは思ってもいなかった。まさか君があいつと同じMA乗りになるとは・・・まったく血というのは恐ろしいものだ」
そういった後、煙草を灰皿にこすりつけ2本目の煙草に火を付ける。
「中佐、これだけは言わせて下さい」
真剣にこちらを見るアリッサの気迫に押され、ベルドーは思わず持っていた煙草を落としてしまい、慌てて灰皿に捨てる。
「私は最強のMA乗りと呼ばれた父、アンドレイ・ネイビスの娘です」
アリッサはいつもの軽い調子ではなく、厳しい口調で話を続ける。
「父が亡くなった時、私は父の名を継いで戦うと決めていたのです。最強の存在がまだ費えていないと見せることで、父のように、まだ抵抗する勢力の抑止力となるなめに・・・・・・!」
と、ここでアリッサは自分とベルドーを取り囲むようにして聞き耳を立てている人だかりに気がつき、顔を真っ赤にする。
「・・・・・・・失礼しました」
「いや、気にしないでくれ・・・・・・・・・おい!君たちは早く仕事に戻りたまえ!」
ベルドーは大声でギャラリーを追い払った後、持っていたファイルの中から一枚の書類を取り出し、アリッサに渡す。アリッサは一礼した後に書類を受け取り、内容を読む。
「仕事ですか」
「そうだ。君の次の作戦は、中国とベトナムの国境線上に建設されつつある中国軍の基地を叩いてもらう」
ベルドーに渡された書類によると、中国軍はハノイにある〔P.E.S〕の基地を押さえるべく、中国とベトナムの国境線上に大規模な秘密基地を建造しているとの事である。
「仮に放っておけば、我々にとって脅威になりかねん。そこで、我が軍はこれを攻撃する・・・・・・・・・さて、ここからが本題だ」
ここで一旦話を切り、煙草を取り出して一服する。
「さて、この支部では君に独立遊撃兵士として、一人で各戦闘区域のフォローに回ってもらっている訳だが」
実際、今日もアリッサは2ヶ所から進行する中国軍のMA部隊を各個撃破している。
「が、君一人だけではそろそろ作戦行動にも限界が生じていると私は思っている。君も感じてはいるだろう」
「そう・・・・・・・・・ですね」
アリッサの搭乗する〔クルセイダー〕は機体性能が高い反面バッテリー切れがやや早く、今回もギリギリの線で敵MAを倒していている。今回は良かったが、次もうまくいくかはアリッサ自身も疑問視していた。
「そこで、だ。本部に連絡して、一人優秀なMAパイロットをこちらに回してもらうことになった。明日の午後にはこちらに着く事になっている」
「本当ですか!?」
「そうだ。今度の作戦から独立遊撃兵士として、君と行動してもらう」
と、ここでアリッサの表情が少し不安げになる。
「どんな人なのですか?」
アリッサは、これから自分のパートナーとなるであろう人物について少しでも多くの情報を仕入れておきたかった。これから来る人物が、本当に自分と共に戦えるのかどうか。
「腕は立つ。それも、非常にな」
「どれほどなのですか?」
「・・・・・・・・・本部の総督のお墨付きといえば十分すぎるだろう」
「!!」
以外な一言に驚くアリッサ。かまわずベルドーは話を続ける。
「本部の方では相当活躍しているらしくて私も実際に現場に立ち会ってみたが、すさまじい物だった。対装甲ダガー一本だけで敵のMA部隊を片付けていくあの光景は忘れられん・・・だから、君に一番つり合う人員として、来てもらうという訳だ。作戦の詳しい内容は、そのパイロットが来てから改めて説明する」
「・・・・・・・・・中佐がそう言うのなら、問題はないですね。了解しました」
アリッサは椅子から立ち上がり、ベルドーに敬礼する。
「では、これで私は失礼致します」
「うむ、ご苦労だった・・・・・・・・・・・・・・・・・・少尉」
食堂を出ようとするアリッサを引き止めるベルドー。
「・・・・・・・・・私の部屋に遊びに来た時には、おじ様と呼ぶことを許可しよう」
その言葉を聞いて、アリッサの表情が綻ぶ。
「はいっ!」
元気よく返事したアリッサが食堂から出て、テーブルにはベルドーのみが残された。彼は煙草を取り出して火を付け、天井を見上げる。
「若い奴らにばかり矢面に立たせて、つくづくずるい奴だな・・・・・・私は。」
吸っていた煙草を灰皿に押し付け、ベルドーは食堂を後にした。
同時刻、中国の重慶。
「へっ、これが軍の最新型かい」
重慶にあるMA生産工場で、一人の男がつぶやく。男は40代前後、顔中にフランケンシュタインのような傷が、無数に走っている。
彼の目の前のMAドッグには、〔ハルバス〕の2回り以上はある大型のMAが安置されていた。
「そうです。これが我が軍の切り札、〔カラミティ〕です。次の〔P.E.S〕との戦闘では、これで出撃していただきます」
工場の研究員が男に説明する。
「スペック表は?」
「こちらになります」
研究員からひったくるようにスペック表を受け取り、男は表を1ページ1ページ丁寧に確認していく。そして、ある一文を目にし、ページをめくる手が止まる。
「こいつぁ・・・・・・」
「はい。それこそが、〔カラミティ〕が切り札たる所以です。・・・・・・少佐なら、理解していただけるかと」
それを聞き、少佐と呼ばれた男はにやりと笑う。
「分っている・・・・・・くく、いよいよだ。あの男につけられたこの傷の恨み、いまこそ晴らしてやる。あの男の守りぬいたもんをぶっ潰すことでなぁっ!」
男―――――中国陸軍少佐、ロン・チェイフーは高らかに笑い続けた。歓喜と憎悪が入り混じった、邪悪な笑い声を。
午前十時、〔P.E.S〕のハノイ基地に一機の輸送ヘリが降り立った。
物資がどんどん運び出されていくその様子を、少し離れた場所で観察する人影があった。
「さ〜て、誰が例の人なのかな?」
アリッサはヘリから降りていく人員を、軽そうな面持ち―――もっとも、目だけは戦場で敵を狩る時の真剣な輝きを放っていた。で、注意深く観察する。
しかし、日中のハノイは気温が高くとても長時間注意して行動することは困難である。しかたなく、アリッサは近くにあった椰子の木の陰で一息つく。
ヘリから降りてくる人員の中には屈強な身体を持つ男や、見ているだけでこちらに殺気が伝わっているような男もいたが、これという、例えば自分のような雰囲気を持つ人間は居なさそうに思えた。
アリッサは持っていたペットボトルの飲料水を一気に飲み干し、立ち上がろうとしたその時だった。
アリッサは突如背後に気配を感じ、とっさにその場を飛びのく。
「・・・・・・・・・さっきから誰かに見られていると思ったら、お前だったのか」
「!?」
アリッサの背後には、いつの間にいたのか〔P.E.S〕の黒い制服を着た同い年くらいの少年が立っていて、こちらを見下ろしていた。
「かなり強い気配を感じて回りこんでみたが、まさかお前からあんな気配を感じるとはな・・・・・・」
「どーいたしまして。挨拶したくて探していたのに、意地悪なんだから」
少年は首をすくめ、やれやれとつぶやく。
「まあいいか、どうやらお互いに探していた同士みたいだからな。お前が噂のMAパイロットだろ?」
「そうね、そういうあなたこそ例のMAパイロットでしょ?」
そういうと、お互いにくっくっと軽く笑う。
「私達、結構気が合いそうね。・・・・・・私はアリッサ・ネイビス少尉。あなたは?」
「俺はヴァン。ヴァン・ナハトハルト中尉だ」
軽く握手を交わして二人は基地の中へ入っていく。30分後、二人の姿はベルドー・クルーガー中佐の自室にあった。
「よく来てくれた、ヴァン・ナハトハルト中尉。歓迎するよ」
「こちらこそよろしくお願いします、クルーガー中佐」
アリッサとヴァンがベルドー・クルーガーに敬礼する。
「では中佐、作戦の指示をお願いします」
「うむ」
アリッサの声に反応し、ベルドーは自分のデスクから手書きの地図を取り出す。彼の趣味は地図作りで、これも彼の手製のものである。地図には既に、ラインマーカーで線が引かれたり、いくつかの文字が書き込まれていた。
「では、作戦内容を説明する」
次の瞬間には、三人の面持ち真剣なものに変わる。
「今日から3日後の午前5時、夜明けと共に国境線上に建造されつつある中国軍基地に対し攻撃を仕掛ける。」
ベルドーは地図に書き込まれている、一本の線を指で示す。
「本体はこの道を進撃し敵基地を目指すのだが、当然敵も警戒網を敷いてくるだろう。そこで、君達にはまず錐の役をしてもらいたい。ここまではいいか?」
「はい」
錐の役とは、MA軍用語で先頭に立ち、敵の陣形に強力な攻撃を加えて作った陣形の綻びから味方の突撃を促す、戦闘開始直後の重要な役割である。
「そして、敵部隊と我が軍との乱戦に乗じてこの道の脇にある山道を通ってもらう」
マーカーの一本を指でなぞり、ベルドーは丁寧に説明する。山道を示す線を指でなぞり続け、ある点で指を止める。
「あっ・・・・・・!」
「・・・・・・・・・なるほど」
ベルドーが指を止めた場所に書かれていたものは、例の中国軍基地だった。
「そう。この道は山中にある基地からみて非常に監視し辛く、レーダーに捉えられないMAにとって格好の進撃ルートになる。そして、基地内部に突入して内部から拠点を制圧し、味方の攻撃をサポートする。・・・・・・・・・・・・・・・・・・当然基地内部では激しい戦いになるが、健闘を祈る」
ここでベルドーは地図を仕舞い、アリッサとヴァンの瞳を覗き込むように見る。
「君達はまだ若い・・・絶対に無理はしないでくれ、いいな?」
「了解です」
「よろしい。では、3日後の出撃までは、二人とも自由時間とする。各自出撃まで鋭気を養っていてくれ。以上!」
ベルドーはそういい残し、ブリーディングは解散となった。
ブリーディングが終わり、廊下を歩く途中でアリッサはくるりと身を翻し、ヴァンに向き直る。
「ところで、ヴァン」
「?、どうした」
アリッサはにやりと笑い、ヴァンにある提案をする。
「ちょっと勝負しない?私と」
そうアリッサは言い、近くの窓から身体を乗り出して基地のある場所を指で指す。そこは、この基地に備えられている、MA戦闘シミュレーターが設置されている場所であった。
「いいだろう、相手になってやる」
ヴァンはやや挑発気味に返事し、アリッサと戦闘シミュレーターへと向かった。
「ところで、機体は自分の機体を使っても構わないよな?」
「もちろんよ?」
「・・・・・・・・・上等だ」
二人がシミュレーターに入ってから数時間後。
「・・・・・・・・・・・・まったく、あんなの聞いてないわよ」
「それは互い様だ、アリッサ・ネイビス」
食堂にて、二人は疲労でぐったりとテーブルに突っ伏していた。
始めはお互いに腕馴らし程度だったが、互いに意地っ張りな性格の持ち主のせいで時間が経つにつれ、お互いのプライドをかけた死闘となっていた。そして、ほうほうの体でシミュレーターから這う様に抜け出して、今に至るというわけである。
「それにしても、ヴァンのあの機体っていったい何なの?今まで見たことも無いタイプの機体だったけど、あれって新型?」
これでもアリッサは各地のMAの種類、武装に博識である。が、彼女が見たヴァンの操る機体は、今までに見た事も聞いたことも無い機体だった。
姿こそ〔クルセイダー〕に酷似しているが、全身を黒く分厚い装甲で覆っており、背部には大型のフレキシブルスラスターが搭載されているなど、現行のMAには見られない特徴が数多く見られた。
「あれは試作型MA〔ファントム〕。〔クルセイダー〕の試作型に当たる機体だ」
「でも、どうしてそれを?」
ヴァンは軽くため息をつき、ばつの悪そうに頭を掻く。
「あの機体な、本当は処分される予定の機体だったんだ」
「へえぇ」
「元々〔クルセイダー〕開発途中に試作された実験機だったからな。必要なデータが集まれば機密保持の為に速処分される。ところが、だ」
と、ここで話を一旦切り、水を一口飲んで一息ついてから話を再開する。
「ある時、この機体が運び込まれていた研究施設が敵に攻撃されて、たまたまそこに居合わせていた俺がその機体で出撃したんだ」
「どうなったの?」
「なんとか撃退した。んで、実戦に十分耐えうる機体である以上、処分するには勿体無いという事になって俺を専属パイロットとして運用されることになったという事だ」
疲労で喋ることも億劫なのか、再びテーブルに突っ伏すヴァン。
「ま・・・・・・それはいいとして」
先にテーブルに突っ伏していたアリッサが体を起こし、ヴァンをじっと見据える。ヴァンもその視線に気がつき、顔を上げる。
「私、あなたの事を舐めていたわ。噂だけ一人歩きしているだけだと思ってた」
「それはこちらも同じことだ。ただの無謀な女パイロットと噂で聞いていたから、多寡をくくっていた」
その言葉を聞いてアリッサの表情が一瞬引きつる。が、すぐに顔を引き締める。
「・・・まあ、ね。私も似たようなこと考えていたから。だけど、あなたは強かった」
そう言って、アリッサはヴァンの前に手を差し出す。
「あなたとなら安心して戦える。これからよろしくね、ヴァン」
「こちらこそよろしく頼むぞ、アリッサ」
アリッサの差し出す手を硬く握るヴァン。しばらくの間、二人は握手を交わし続けていた
3日後、作戦決行日の夜明け前。
既に予定の場所で待機している二人は、作戦開始の合図を待っていた。
「そういえば、さ」
と、〔クルセイダー〕のコクピット内で待機しているアリッサはヴァンに無線で通信する。
「どうした?」
「今まで機会が無くて聞けなかったけど、ヴァンってさ、どうしてMA乗りになったの?」
ヴァンはその質問に対し、何も答えなかった。明らかに不快げな顔になり、面倒臭そうに返事をする。
「今、戦場で言うことじゃあないよな・・・・・・それに、あまり話したくない理由もある」
「・・・ごめんね」
アリッサはそう言い、口を閉じる。少しの静寂の後、ヴァンが口を開く。
「・・・・・・・退屈しのぎにでもいいだろう。話してやる。それに、アリッサにも少し関係がある話だからな」
「・・・?」
まだ外は暗く、MAの集音マイクが虫の鳴声を拾う。その綺麗な音色の中で、ヴァンは少しずつ話し始める。
「俺は元々孤児だった。アメリカのスラム街で、その日その日を生きるために、どんなことでもやってきた・・・・・・だが」
「・・・・・・」
「ある時、俺は一人の軍人に出会った。もっとも、その人からサイフを奪おうとして逆に叩きのめされたのがきっかけだったがな。・・・・・・叩きのめされた後、その人は怒りもせず、俺にこう言ってくれた」
『今を生きるために必死で生きようとするその力は、この世で最も強く美しい。だから、その力は正しく使い、守っていかなければならないのだ』
「その言葉で俺は、今まで人に迷惑しか掛けられなかった自分の生き方を見直せたんだ」
「・・・・・・そんな事が・・・」
「やがて俺は、自然にその人が歩んでいた道を歩もうとしていた。あの人と共に、胸を張って生きて行きたかったんだ・・・・・・・・・もっとも、その人は俺が〔P.E.S〕に入隊した直後に戦死してしまったがな」
ヴァンのその一言に、何かがぴんと来たアリッサは、思わずヴァンに尋ねる。
「ねぇ、もしかしてその人の名前って・・・」
「アンドレイ・ネイビス。お前の父親だ」
「!!」
父親の名前が出てきて、絶句するアリッサ。ヴァンは構わず話を続ける。
「アンドレイさんが亡くなった後、俺はあの人の代わりに戦い続けると誓った。〔P.E.S〕の一員として、あの時の言葉を糧に戦い抜いて行くと・・・!」
父とヴァンとの意外な関係、ヴァンの凄絶な過去にアリッサは何も言えなかった。その代わり、自分の感情を示すかのごとく、目から一筋の涙が零れる。慌ててパイロットスーツの袖で
涙を拭う。ふとコクピットの外を見やると、正面の山の向こうが白くなっていくのが見えた。
「・・・暗い話で、悪かった。大事な戦いの前に」
「いや、いいよ。私もヴァンの気も知らないで・・・ごめんね」
と、その時だった。
二人が待機している場所から後方の味方陣地から、一つのミサイルが敵陣に向けて発射される。これこそが、本部からの突撃の合図だった。
「・・・・・・行くよヴァン!」
「了解だ!」
二機のMAは勢いよく前方に駆け出していく。敵陣に近づくにつれ、戦場特有の雰囲気が二人を包む。すでにあちこちから、銃弾が飛んでくる。
「絶対に倒されるなよ!」
「もちろん!私は負けないよ!」
二人が駆るMAは、疾風のごとく敵陣に突入していった。
二人が敵陣に突入し、それに続いて〔P.E.S〕のMA部隊が中国軍MA部隊と衝突する。
中国軍は自国産MA〔ハルバス〕や、〔ハルバス〕の改良型である〔エリゴル〕を中心とする部隊。〔P.E.S〕は主力MA〔ファイター〕、〔ファイター〕の火力向上型MA〔ウィザード〕、索敵特化型MA〔フーパー〕の3機を中心とした部隊である。
まず、正面から突入した〔ファイター〕部隊が〔ハルバス〕、〔エリゴル〕の集中砲火を受けて陣形を崩される。さらに打撃を与えようと〔エリゴル〕数機が突撃してくるが、〔ウィザード〕のミサイルやロケットランチャーの砲撃に突撃を阻まれる。
さらに〔フーパー〕のスナイパーライフルが正確な射撃で一機、一機を確実にしとめていき、双方互角の戦いを演じていた。
と、突如中国軍のMA部隊の頭上から銃弾が降り注がれる。
「なんだ、いったい何が!?」
直撃をうけたMAが崩れ落ち、かろうじて回避したMAのパイロットは、頭上を見上げ驚愕する。彼らの頭上には、黒いMAに背負われて飛行する白銀のMAの姿があった。
アリッサの〔クルセイダー〕とヴァンの〔ファントム〕であった。
「やはり推進剤が持たないな・・・これ以上の跳躍は無理だ、着地するぞ!」
「OK!」
着地様、〔クルセイダー〕は〔ファントム〕の背から降り前方の〔ハルバス〕部隊にA・ライフルを発砲する。一方、〔ファントム〕は装甲の厚さを生かし、〔クルセイダー〕の盾になる。前方の敵の掃討後、すぐに目標ポイントへと駆け出す。
その進行方向に、こちらの接近に気がついていた〔エリゴル〕3機がサブマシンガンを構えていた。
「二機引き受ける!」
「一機はまかせて!」
ヴァンは〔ファントム〕の背部スラスターを展開し、一機に三機の〔エリゴル〕の頭上をきりもみしながら飛び越える。
「遅い!」
慌てて振り向こうとした二機の〔エリゴル〕に、〔ファントム〕はA・ライフルを発射する。二機の〔エリゴル〕はたまらず火花を放ち崩れ落ちる。残る一機はヴァンの動きに吊られて体制を崩した隙を、突進してきたアリッサの〔クルセイダー〕が持つ対装甲ダガーにコクピットを貫かれる。
「目標ポイント到達、先行して山道を登るよ!」
「了解!」
〔クルセイダー〕と〔ファントム〕の二機は今は使われていない山道に入っていく。それから少し遅れて〔P.E.S〕のMA部隊が正規のルートで基地を目指していく。
目指す中国軍の基地は、もうすぐそこであった。
一方、中国軍の基地の地下にあるMAドッグでは、〔カラミティ〕の最終点検が行われていた。
「まだ〔カラミティ〕は出られねぇのかよ、コラァ!」
〔カラミティ〕のコクピットの中で、ロン・チェイフーは苦虫を噛み潰した表情で外の作業員に怒鳴りつける。すでに〔P.E.S〕のMA部隊が基地の内部に侵入し始めているとの報告が入っている。このままでは、基地が落とされかねないとロンは焦っていた。
「少佐、全作業終了しました。いつでも行けます!」
「待ちわびていたぞ!発進エレベーターを動かせ!」
「了解!」
〔カラミティ〕の巨体をを支える床が、ゆっくりと上昇していく。
「へへ、久方振りに暴れてやる!あの時の恨み、晴らさせてもらうぜ!」
地下の悪意が、ゆっくりとゆっくりと地上に上昇し――――――地上に放たれた。
その異変に気がついたのは、いち早く基地内部の潜入に成功した〔P.E.S〕の〔フーパー〕部隊だった。〔フーパー〕に搭載されている集音マイクが奇妙な地鳴りのような音を拾う。
そして、その音の出所である基地の中央の広場を見やり愕然とする。
「なんなんだ、あれは!?」
地下から、自分たちが乗る機体よりも二回りほども大きい、血の様な色の大型MAがせり上がって来ていた。〔フーパー〕部隊はすぐさま携行していたスナイパーライフルを構えて発砲するが、あの大型MAには全くこたえていないようであった。
大型MAが手をこちらにかざして来たと思った次の瞬間、一機の〔フーパー〕の頭部が吹き飛ぶ。
「何っ!?」
「馬鹿な、いったい何をしたのだ!?」
何をされたのかも推測する暇も無く、次々と〔フーパー〕は大破していく。
その慌てふためく〔P.E.S〕のMA部隊の姿を、大型MA―――〔カラミティ〕のコクピットの中のロンは嘲笑う。
「最高だなぁ、おい!」
・・・・・・・・・・・・そして、数分後には〔フーパー〕部隊は一機残らず殲滅された。
「こっ・・・・・・これは!?」
山道を抜け、やや遅れて基地に突入したアリッサとヴァンの眼前には、大量の〔P.E.S〕のMAの残骸と、その上に佇む〔カラミティ〕の姿があった。〔カラミティ〕はこちらに気がつくと、こちらに無造作に手をかざす。
と、次の瞬間二人に悪寒が走る。
「!?」
〔クルセイダー〕と〔ファントム〕はとっさに左右に跳躍する。一歩遅れ、二機の間を見えない『何か』が通り抜けていった。
「今、何をした!?」
「攻・・・・・・攻撃が見えない!」
そうしている間にも、〔カラミティ〕からは見えない攻撃が次々と放たれ二機に遅いかかる。〔クルセイダー〕の右膝に一撃が入り、〔ファントム〕の左肩の装甲を掠めていく。
「きゃっ!」
右足は完全に破壊されなかったものの前方に転倒する〔クルセイダー〕。コクピットにも衝撃が伝わり、アリッサは悲鳴をあげる。
「ちぃっ、そういう事かよぉっ!」
ヴァンは〔ファントム〕の腰から対装甲ダガーを引き抜いて、すぐさま〔カラミティ〕に投げつける。投げたダガーは〔カラミティ〕の目前で何かに叩き落されるが、一瞬何かが弾ける。
「あれは!」
「水かっ!」
見えない攻撃の正体。それは、手の平の発射口から放たれる、高圧水流であった。極端に短い間隔で打ち出している為、その発射速度と相まって肉眼では捉えきれない物であった。
「タネが分かれば」
「こっちの物よ!」
〔クルセイダー〕と〔ファントム〕は〔カラミティ〕の左右から回りこんで行き、懐に飛び込もうとする。が、その二人の行動を見て、〔カラミティ〕のコクピットに居るロンはにやりと笑う。
「懐に飛び込めばどうにかなるとでも思ったかぁっ!」
とたん、〔カラミティ〕の各装甲がスライドして内側から細かい何かの発射口が現れる。
「・・・・・・まずいっ!」
いち早く危険を察したヴァンは〔ファントム〕のスラスターを最大開放して上空に退避する。一方、アリッサの〔クルセイダー〕はそれを見てもなお〔カラミティ〕の懐に突進する。
「いっけぇ!」
〔クルセイダー〕の胸部装甲がスライドし、小さい針のような弾丸が〔カラミティ〕の脇腹に当たる装甲と発射口に突き刺さり小さい爆発を起こす。
「んなにぃっ!?」
次の瞬間、〔カラミティ〕の、先程破壊された発射口以外の場所から無数の水弾が全方位に発射される。
ヴァンは〔ファントム〕を必死に操縦し、かろうじて全弾回避する。
「後一歩間合いが深ければやられていた!・・・・・・・・・アリッサ、無事か!?」
「こっちは・・・大丈夫!」
〔クルセイダー〕は、水弾の発射口を破壊して出来た死角の中に入り込むことによって何とか攻撃をしのいでいた。そして、すぐさま対装甲ダガーを振り回し〔カラミティ〕の全身を巡っている、水を循環させているであろうポンプを切り裂く。切り口から、勢い良く水が漏れ出す。
必殺の一撃を避けられ、狼狽するロン。
「ちぃ、こうなったら・・・・・・」
ロンはコクピット内にあるマイクを乱暴に引き寄せ、周波数を国際救助チャンネルに切り替える。
「聞こえるかぁ?〔P.E.S〕のパイロットさんよぉ」
MAは基本的に、国際救助チャンネルならどの機体でも受信できる。突然の敵からの通信に、アリッサとヴァンの手が止まる。
「俺は中国MA部隊所属、ロン・チェイフー少佐だ!ちょっと話を聞いてくれ!」
「今更どういうつもりだ!?投降でもするというのか!」
軽い苛立ちを募らせ、ヴァンが問いかける。
「まあそう急かさんなっての、ええ?」
「貴様ァ・・・・・・ッ!」
ロンの挑発的な口調に怒りを覚え、〔ファントム〕のA・ライフルの銃口を〔カラミティ〕に向ける。
「おっと、話はこれからだぜ・・・・・・この機体は〔カラミティ〕。中国軍が開発した、世界初の核動力MAよ!うかつに攻撃したら、この辺り一帯は放射能まみれになるぜ!」
「なんだと!?」
「ちょっと!嘘をつくにしても少しはマシな嘘つきなさいよ!」
ロンの、あまりにも衝撃的な発言にマイクに向かって叫ぶ二人。
「それが本当なんだよお嬢ちゃん」
と、〔カラミティ〕を動かして背部に搭載されているユニットを見せる。
「・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」
そこには、原子炉を示す国際基準のマークがくっきりと貼り付けられていた。ユニットからは、さかんに水蒸気が吹き上がっている。
「と、いうわけでこのまま見逃してくれないか?まったく、我ながら汚い手段だとは思うが、まあ戦争という事で有りにしてくれや」
「お前ぇ――――ッ!!」
激昂しながら、アリッサは〔クルセイダー〕を動かし〔カラミティ〕に突進する。
「待て、アリッサ!」
「コクピットだけを潰せば・・・!」
「そいつは了見が甘いって奴じゃあないか?お嬢ちゃんよぉ!」
〔カラミティ〕の胴体に搭載されている対MAバルカンが火を噴き、先程ダメージを与えた〔クルセイダー〕の右足をえぐる。派手な音を立てて右膝から下が吹き飛び、〔クルセイダー〕は横倒しに倒れる。
「まったく楽しいよなぁ!後一歩で俺を倒せるのに、止めをさせない奴をいたぶるのはよぉっ!」
「くっ・・・・・・・・・!」
「あの時と同じだぜ!お前らのように、後一歩のところで俺を追い詰めたのに味方のMAを人質に取られたくらいで何も出来なくなっちまった〔P.E.S〕の最強さんとなぁ!」
「!!」
その一言に、二人が反応する。
「まさか・・・まさか・・・!」
「奴が・・・!」
「奴さん最後の最後まで俺になぶられて続けられてよぉ、そりゃ惨めなものだったぜ。もっとも、奴の機体が爆発する時に俺も巻きこれちまって、この顔をズタズタにされちまったがな!」
操縦桿を持つ二人の手が、怒りでぶるぶる震える。
「お前がぁぁ――――!!」
「貴様がアンドレイさんの・・・・・・仇か!」
理性のタガが外れた二人が、獣の如く〔カラミティ〕に襲い掛かる。
「へっ、てめえら、奴の親戚かなんかかぁ!?」
ロンは〔カラミティ〕のスラスターをうまく操作し、襲い掛かって来る〔クルセイダー〕と〔ファントム〕の攻撃をしのぐ。
「なめるなよぉ!?これでも最強って言われてたあの男と互角に戦かったんだぜ?つまり、奴が死んだ今俺が最強って訳だ!」
「ふざけるな!そんなもの、俺は認めない!」
「てめぇの許可なんか要るもんかよぉぉ―――!」
〔カラミティ〕が振り回す腕に〔ファントム〕が吹き飛ばされる。
「ぐはっ・・・・・・!」
「逝っちまいな!」
〔カラミティ〕が倒れた〔ファントム〕に、ありったけの対MAバルカンを掃射する。〔ファントム〕の装甲がひしゃげ穴が開き、さらに銃弾は〔ファントム〕のコクピットに吸い込まれていき―――〔ファントム〕のカメラアイから輝きが消える。そのまま、〔ファントム〕はぴくりとも動かなくなった。
「ヴァン―――――!!」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、アリッサが絶叫する。
「次はてめぇだよ!」
片足しかない〔クルセイダー〕に、〔カラミティ〕が突進する。たまらず〔クルセイダー〕が吹き飛ばされ、起き上がろうとした所を〔カラミティ〕に肩をつかまれ、そのまま地面に押し倒される。
「ぐっ・・・・・・・・・!」
アリッサの〔クルセイダー〕は、必死に残された左足で〔カラミティ〕の手や足を蹴りつけるが、頑丈に設計されている〔カラミティ〕にはたいしたダメージではなかった。
「覚悟しな、お嬢ちゃん!」
集音マイクが〔カラミティ〕の対MAバルカンの発射口から弾丸の装填音を拾い、アリッサは反射的に目を閉じる。
(お父さん・・・・・・ヴァン・・・ごめん、仇討てなかった・・・・・・)
ロンがトリガーを手にかけようとした、その時―――――――――
「覚悟するのは貴様の方だ!」
突然、見たことも無いMAが〔カラミティ〕に飛び掛り、〔クルセイダー〕から引き剥がす。発射寸前だった対MAバルカンがあらぬ方向へと飛んでいく。
「てめぇは!」
そのMAは〔カラミティ〕の懐へ猛スピードで飛び込み、持っていたA・ライフルを〔カラミティ〕の対MAバルカンの砲口へゼロ距離で叩き込む。二門の対MAバルカンはグシャグシャに潰されものの役にたたなくなった。
「無事か・・・・・・アリッサ!」
「ヴァ・・・・・・ン・・・?」
スピーカーから聞こえた声は、確かにヴァンのものだった。しかし、今〔カラミティ〕と対峙しているMAは、〔ファントム〕とは明らかに別物だった。が、よく見ると、その機体にはボロボロになった黒い装甲がついており、少ししてアリッサはそれが〔ファントム〕の物だと気がつく。
「ダミーアーマー、パージ!」
かろうじて残っていた装甲が弾け跳び、スラスターの装甲が二つに割れ、装甲の下から細身の漆黒のMAが現れる。
「なんじゃそりゃあ!?」
〔カラミティ〕はスラスターを全開にしてヴァンの乗る漆黒のMAに突進する。しかし、お互いの機体が激突する直前にふと神隠しにでもあったようにヴァンの乗るMAが消える。
「何ぃっ!?」
いつの間にか、ヴァンのMAが〔カラミティ〕の背後に立っていた。スラスターが6枚の羽のように展開されており、羽と羽の間から青白い炎が噴出されていた。
「これが〔ファントム〕の高機動形態、〔ファントム・メナス〕。〔ファントム〕の真の姿だ!」
漆黒の機体〔ファントム・メナス〕は手に持っていた対装甲ダガーを〔カラミティ〕の左腕間接に突き刺し、2、3回引っ掻き回す。〔カラミティ〕の左腕が切り落とされ、地面に叩きつけられコンクリートの道路をへこませる。
「あの人は、今を生きる全ての人が最強なのだと言った。・・・・・・・・・・だから」
〔ファントム・メナス〕が対装甲ダガーを〔カラミティ〕に突きつける。
「貴様を殺し、最強の座から引きずり下ろしてやる!」
「このガキがぁ――ッ!!」
残った左腕を振り回し牽制する〔カラミティ〕だが、〔ファントム・メナス〕はそれを右へ左へ華麗に避け、一気に〔カラミティ〕の懐に飛び込む。
「くたばれ!」
〔ファントム・メナス〕の対装甲ダガーが〔カラミティ〕のコクピットに突き立てられる。が、しかし。
「この位じゃあ死ねねぇなぁ―――ッ!!」
「!?まだ浅かったか!」
〔カラミティ〕の太い腕が〔ファントム・メナス〕の細い胴体を掴み、引き剥がしに掛かる。〔ファントム・メナス〕の掴まれている部分が軋み、装甲にヒビが入り始める。
「くそ!あと少し、あと少しだけ耐えてくれ〔ファントム・メナス〕!」
次の瞬間、〔ファントム・メナス〕の手を支え、突き刺さっているダガーの柄をさらに押し込もうとする白銀のMAの姿があった。
「ヴァン!私も・・・・・・私も戦う!お父さんの後を継いで戦う!」
「アリッサ・・・・・・ならば、二人で行くぞ!」
「うんっ!」
徐々に、徐々に対装甲ダガーが〔カラミティ〕の装甲の奥へ押し込まれていく。
「この俺がぁ―――!こんな、こんなガキ共などにぃぃ―――ッ!!」
「これでっ!」
「終わりだぁ――――――ッ!!」
対装甲ダガーが〔カラミティ〕のコクピットハッチを完全に貫き、その巨体が横に倒れる。原子炉は傷一つ無く、放射能は漏れる事は無かった。そして、〔カラミティ〕は二度と動く事は無かった。
「まったく、最後にあんな隠し玉持っててさ、心配して損したよ」
「心配かけてすまなかったな。アリッサ」
二人が〔カラミティ〕を撃破してから数時間後、あの後に突入した〔P.E.S〕の別の部隊に救助された二人は、輸送ヘリの中で救護兵にケガの手当てを受けながら話し込んでいた。
救助された時、二人はあちこち打ち身とアザだらけで気絶していてヴァンは〔ファントム・メナス〕の操縦の際に腕の骨を、アリッサは〔カラミティ〕との戦闘の際、あばらの骨を二本骨折していた。
「とにかく、無事でよかった。こうして話せることが出来て、本当によかった」
「お互い様だよ・・・・・・ヴァン。私も、よかった」
ヘリの窓からは、綺麗な夕日が差し込んでくる。
「綺麗ね・・・・・・」
窓の外、ヘリの下はハノイの町並みが広がっていた。町はのどかで、様子がヘリの窓からでも伺える。町角で遊ぶ子供たち。世間話をしている母親。そこは、まさに平和な空間であった。
「・・・・・・人にはそれぞれ、最強になれる素質がある」
「・・・生きている限り、ね」
人は生きている限り、争いが耐えないだろう。何が起こるか分からないであろう。しかし、その苦難を乗り越え、何事にも立ち向かえる勇気のある者全てが最強と呼ぶに値するのだ。そして、その力を無駄に失ってはいけないのである。
「戦おう・・・俺たちで、守るんだ」
「私達が、その力を失うまで」
二人は初めて出会ったときよりも重く、力強い握手を交わす。
ハノイの空には、すでに星が輝いていた。