レオの手からチヅルの手に
〜9〜10話の間辺り〜
それは野崎チヅルにとってまさに夢だった。
思いを寄せる少年と共に出掛け、思い出を共有し、同じ様に楽しむ。
彼女は幸せだった。
だけどそれは夢。
醒めない夢は無い。
少年は唐突に別れを告げる。
問いただそうとする少女に背中を向け、遠ざかる少年。
追いかけても、追いかけても追いつかない。
その少年の姿が闇に消える時、少女は夢中で少年の名を叫んでいた。

「ケンジ君!」
思わずベッドから跳ね起きる。
身体を半分起こし、野崎チヅルは悪夢から解放された。
思わずあたりを見まわすチヅル。そして初めて、自分が夢を見ていたことに気がついた。
「よかった……夢かぁ」
ほっと一息つくチヅル。と、そこで誰かが寝室をノックしていることに気がつく。
「お嬢様、いかがなされました?」
ノックの主は声でメイドのアーティーとしれた。
「ごめんなさい。ただの寝言です、気にしないでください。」
「そうですか、では」
足音が遠ざかる気配がし、再び静寂がチヅルを包む。
チヅルは抱き枕(手製の2分の1スケールケンジ君人形)を抱き、
「…………ケンジ君」
そう一言つぶやき、再びチヅルは眠りについた。

「………起きろ」
公園の巨木の中にある枝と葉で構成されている巨大な空間。
その中でレオ・ブラックはそばで寝ている赤毛の少女を起こそうとしていた。
「………いやんだめよレオ朝からなんてそんな(以下省略」
「…………」
とりあえずレオは無言で少女を木から蹴り落とした。
下で何やら鈍い音と悲鳴が聞こえてくるが、レオは気にもとめずに身支度を整える。
彼は枝にかけてあるAS高校の制服を手早く身につけた。
彼と彼が先ほど木から蹴落とした少女、ユナ・サイクニルは人間ではない。
レオとユナは竜族と呼ばれる宇宙からの来訪者であり、かつて地球を壊滅の危機に追い込んだ古代兵器を封印すべく地球へとやってきたのであった。
彼は古代兵器を動かすカギである【適格者】を発見し、その監視の為に【適格者】と同じAS高校へと入学(決して脅したり買収したわけではない)したのである。
「さて、と」
身支度を整えた彼は木から飛び降り、綺麗に着地する。
「……お前はいつまで寝ているつもりだ?」
「誰のせいで寝ていると思ってんのよ」
根本では先ほど蹴落とされ、地面にうずくまっていたユナがゆっくりと身を起こしていた。
「早く仕度しろ、でないと置いていく」
そう言っておき、足早に学校へと向かうレオ。
「ちょ、ちょっと待ってぇ!」
着替えるべく木に登るユナ。レオはそれを見て、軽くため息をつきながら律儀に相棒を待った。
「やれやれだな………ん?」
と、レオの目が公園のそばを通りかかる少女を捕らえた。
常人では捕らえきれない距離だが、レオの目は人間のそれよりもはるかに超える物である。その少女が誰だかを見分けるのも容易い事だった。
「あれは…………ケンジの女、だったか?」
彼の目に移っていたのは、野崎チヅルだった。が、その顔は青白く何かあったのか元気が無いようである。足取りも、ふらふらしていてどこか危なげだった。
「……ふむ」
なんとなくいやな予感がし、レオはそっとチヅルの後を追った。
「おまたせー…………って、レオ!?どこー!?」

その日、野崎チヅルは自分でも体調が悪いというのを理解していた。
原因はわかっている。あの悪夢だろう。
あの悪夢のせいで今日は食事が喉を通らず、結局朝食抜きで家を出てしまった。オマケにケンジが先に学校に行ってしまった事を知り、ますます気分が重い。
「学校……休もうかなぁ」
そんな時だった。突如としてクラクションが鳴り響く。
彼女はハッとして顔を上げると、横からトラックが突っ込んでくるのが見えた。
ぼうっとしていた彼女は、いつのまにか赤信号をそのまま渡っていたのだった。
「あっ………」
迫りくる、死の鉄塊。
理解した時には遅く、トラックは彼女を跳ねとばさ…………なかった。
突如として割りこんできた黒い影が、トラックを片手で【受けとめて】いた。

「死にたいのか?」
その黒い影は、レオ・ブラックだった。
レオはチヅルを歩道に行くように促し、呆然としているトラックの運転手に一礼をしてさっさと横断歩道を横切った。
「まったく……何を考えているんだ、あなたは」
「ごめんなさい………」
「俺に謝ってもしょうがない事だろう」
そう言い、レオはチヅルから興味をそらす。なぜなら、彼にとって最も重要な人物がやってきたからである。
「チヅル……と、レオか!?」
「何やってんだ?お前ら」
ケンジとトシオである。おおかた、ここの騒ぎを聞きつけてひきかえしてきたのだろうとレオは推測した。
「ケンジとそのオマケか。見ての通りだ」
「わからねえっつーの。てかお前、オマケって………」
レオとトシオが噛み合わない会話を繰り広げている中で、ケンジはチヅルから何があったのかを問いただしていた。

「…………レオに感謝だな」
「…うん」
ケンジは思わず安堵のため息をもらした。
事故があったと聞き、まさかと思って引き返したのだがその予想はドンピシャだった。
その会話の中で、ケンジはチヅルの様子がどこか変な事に気がついた。
「どうしたんだ?チヅル」
「え?」
「何か、元気が無さそうだからな。どうしたのかなって思って。」
チヅルの顔に一瞬暗い影が落ちる。
「いや………なんでもないの。本当に」
「そうか………チヅル、何でも一人で背負い込むのはよせ。なんかあったら俺らで相談にのってやるから」
「ありがとう。ケンジ君」
それでも、チヅルの心は晴れる事は無かった。流石に、その悩みの種である本人に相談することは出来なかった。

「相談……か」
放課後。
結局、チヅルは3時間目の体育の授業(水泳)でプールの底に沈没。あわやという所でケンジ、トシオ、レオ、ユナに救出され、以後の授業はすべて保健室で休むことになった。
やはり、ここは誰かに相談に乗ってもらうべきだろう。
誰かに打ち明ければ、きっと負担が軽くなるかもしれない。……でも、誰に相談すべきだろうか?
トシオは…………デリカシーが無い上にきっとそれをネタにからかわれるから却下。
ユナは……………同上。
保険の先生は……流石に、個人的な事情は打ち明けられない。
ケンジは論外である。
と、すると、知っている人達の中で話せそうな人は……………
「野崎さん」
「ひゃっ!」
急に背後から声を掛けられ、チヅルは思わず身をすくめて声をあげてしまった。背後から話しかけてきたのはレオだった。
「貸してもらっていた文庫本、面白かった。感謝する。」
と、レオはチヅルから借りていた文庫本を差し出す。チヅルはあわてて文庫本を受け取り、カバンにしまう。
「では、失礼する」
レオは制服を翻し、帰ろうとする。
「あの………」
「?」
チヅルがレオを呼び止める。
チヅルは、相談するのならば一番真面目そうな彼が良いと思った。
「ちょっと、相談したい事があるんですけど………いいですか?」
レオはちょっと訝しげな顔をした後、チヅルに訪ね返す。
「俺でよければ、かまわないが」

「事情は飲み込めた」
レオとユナが樹上生活する、チヅルの家の近くの公園。
公園のベンチで、レオはチヅルの悩みというのを聞いていた。
時刻は午後の4時45分。辺りはもう暗くなり始めていた。
「要するに昔からケンジが好きなんだが、なかなか思いを打ち明けられずにいて昨夜見た夢で告白する自信も無くした、という事か。」
「はい………」
レオが分析するに、チヅルという少女は内向的な性格で他人に物事を相談できず、自分一人で悩みを抱えてしまうタイプだと解釈した。
「好きならば、その気持を素直にぶつけるべきだと思うのだが……」
「難しいですぅ………」
「そうか…………」
レオは深深とため息をつく。
(難しい物だな、人は)
レオはベンチから立ち上がり、チヅルの正面に立つ。
「しかし、どんな事であれ伝えるというのは重要な事だ。何はともあれ、まずは一度自分の思いを打ち明けるべきだろう」
「はい…………」
まだ自分に自信が持てないのか、うなだれるチヅル。
と、レオはある事を思いついた。
「ちょっと待っててくれ」
そう言い残し、レオは住んでいる木に登ってある物をもって降りてくる。
レオの手には一つかみ程の大きさの、綺麗に光る赤い石が握られていた。
「それは……ヘマタイト(赤鉄鉱)ですか?」
「正しくは、その原石と言うべきか」
石に半分埋もれているそれは、赤色に輝く赤鉄鉱だった。
「野崎さんは、ヘマタイトの石言葉を知っているか?」
「いえ………」
「ヘマタイトの意味は【勇気】」
「!」
レオがチヅルに赤鉄鉱の原石を差し出す。
「日本の文化には験担ぎという言葉があるが、今の野崎さんには必要だと思ったから差し上げる」
「あ…………ありがとうございます!」
「もう、自分の気持に素直になってもいいと思う。……後は貴方次第だ、武運を祈る」
そう言い残して、レオは薄暗い樹上へと姿を消した。
「自分に、素直にか………」
彼女の目線の先のカバンから、ちらりと修学旅行のしおりが見える。
「修学旅行…………頑張ろうかな?」
チヅルは、レオから受け取った赤鉄鉱を制服のポケットに入れ、家路に着いた。

チヅルが家路に着いた頃、樹上。
「お前にしては空気読んでたんじゃないか?」
「流石にあの場には割って入れないでしょ……」
ユナはどことなく不機嫌そうな顔をしてレオを出迎えた。
「ところでさ」
と、ユナは何か言いたげにレオに問いかける。
「何だ」
「あの赤鉄鋼、パチモンでしょ?たしか月の表面に転がってた適当な石じゃなかったっけ」
「無論だ」
チヅルの乙女心をぶち壊す事を平然という二人。
「とにかく、始めの一歩を後押しするにはあの手しか浮かばなかった。が、結果オーライだ。きっと上手く行くだろう」
「どんなにアプローチしても気がつかない人もいるけどね」
どこかふてくされたような感じでレオを見るユナ。
「あ、あのさ。あたしも実は悩みがあるんだけど―――」
「はいはいワロスワロス」
「ヒドイよ!ちゃんと話を……わふ?」
レオはこちらに詰め寄るユナを、そっと抱きしめてやった。
「やれやれだな」
「……………意地悪」
日はもう完全に落ち、午後5時のチャイムが夜を告げる。

悪夢はまた訪れるかもしれない。
が、悪夢もまた夢である。
醒めない夢は、無い。

番外編、完。
          あとがき

番外編を書くまでのいきさつ

キングA「たまには君僕の番外編でも書こうじゃねえか」
キングB「とりあえず誰が主・役?」
キングC「天使書くのむずーい」
キングA「天使系の番外編は却下、と」
キングB「竜・族なら簡・単!」
キングC「主人公らも書くの楽そうだね」
キングA「竜族はキャラ大杉だな。レオ&ユナだけでいいか」
キングC「全部自分の持ちキャラなんだけどね」
キングB「禁・句!」
キングA「じゃあ ケンジ、トシオ、チヅル、レオ、ユナの5人の中から2人選ぶか?」
キングC「選ぶのうざーい」
キングB「じゃあアミダくじできめるよ……て、こんなんでましたけど」
キングC「レオ&チヅル……」
キングA「ええい、書いたろーじゃねーか!」

以上、いきさつ。(オイ
レオとチヅルの組み合わせでこんな話しか書けない自分がハズィ………
12話の伏線っぽく書いてみたのですが、いかがでございましょうか?
後から書いておいて伏線もくそもありませんが。
まあ、お楽しみ頂けたら幸いであります。
ではでは〜〜 w´∀`)ノシ
byキング