午前中の廊下を鉄球を振り回しながら爆走する女。
「俺じゃない!それは俺じゃないんだ!だっ誰かの陰謀だぁ!!!」
そしてそれから逃れるべく文字通り決死の逃走を敢行する男。
まるでチーターとガゼル。地球儀の5倍はあろうかというその巨大な鉄の塊は、女と男の距離が徐々に徐々にと縮まるに比例し、その回転速度に磨きをかけている。サバンナのような光景だが、もちろん教室内は授業中だ。それでも廊下が草原と化してるのは、つまりそれが日常的な風景であるということを物語っている。しかしどちらかと言うと、廊下のそこかしこを暴虐武人に削りながら進む影と、純朴そうな一生徒の逃走劇は、台風と飛ばされる牛のそれだ。そんな暴風警報の最中、廊下側の席に身を置く者は皆思い思いの方法でその被害を防いでいる。一方、渦中のガゼルは延髄にチリチリと嫌なプレッシャーを感じ始めていた。少しでも気を抜けば、肉の焼けるいいにおいが昼食前の皆の食欲を煽ることになるだろう。そうした張り詰めた状況の中、次の曲がり角が迫る――
彼がかれこれ1時間以上もこの逃避行を続けられているのは、ひとえにその建物の構造と広大さゆえだった。真上から見た感想を端的に言うとカタカナの「ロ」。ミルフィーユの中を四角くくり抜いたようなそれは、一辺の長さ50kmを有す四層構造の四階建て。くり抜いた部分は中庭になっている。層はそれぞれ、一階から事務・職員、三年生、二年生、一年生の階となっており、どの階も日々、活気が絶えることはない。
――最低限の減速度、絶妙のタイミング。彼の完璧をもってすれば、その空間において背後の死と距離をこじ開け、あと30分は残された寿命を満喫して余りある、
が、時は残酷。狩人はお腹が空いていた。故に早く決着をつけたかった。そして、ふと思い出してしまった。まったくの偶然に思い出してしまったのだ。自らの手の中に握られしもの。その赤いスイッチの意味を。それは先祖伝来の刺鉄球『村正(改)』に備わりし伝家の宝刀、短期決戦の最終兵器……
ロケットブースターだっ!!!!!
「ポチッっとな♪」
ズッキュ〜ンッ!!!!!
「あべしぃいいっ!!」
公転運動を続けていた黒い衛星は彗星となり、そして彼もまた、恒星となった。
キンコ〜ンカンコ〜ン
「ぁ、お昼ぅ☆」
―かくして、鉄(球)の風紀委員マキノが呼び覚ましてしまったもの、つまりは現代に甦りし悪魔の加速『村正ブースター』により、彼は無実の罪を着せられたまま、ついぞ給食にありつくことなく黄泉の旅路へとつくことになったのだった。
ここは私立YS学園。
魔王復活の予言を盲信する漢“学長”が、理想と現実、妄想その他、全てを注ぎ込み創り上げた“魔城”である。
真・LS第一弾