こんなはずではなかったのに。
その男は、夕暮れの教室の中で激しく後悔していた。
同時に、理解せざるを得なかった。
自分が何を敵に回したのか、を。
曰く、その学園には魔具がある。
曰く、世界すら捻じ伏せられ、全てを手に入れられる魔具であると。
甘美な言葉に踊らされ、魔具を集めているその男はとある学園に潜り込んだ。
入るのは容易かった。
夕方なら多寡が高校のセキュリテイ。生徒達も居る状態で警備装置なども機能するはずも無い。
しかし。
彼の目の前に現れたのは。
学園の生徒の姿をしたナニカであった。
直後、男の思考を遮るように、隠れていた教室の扉が勢いよく開けられる。
開いた扉の先には、自分をここまで追い詰めた男子生徒の姿が。
男は無駄な抵抗になると悟りながらも、とっさに所持していた魔具の力を解放した。
魔具から放たれた魔力は、現れた男子生徒を周囲の机や椅子ごと粉砕する筈であった。
だが、その男子生徒は突如消失した。
何らかの魔具による空間移動。
それに対応する間も無く、男は背後に回っていた生徒に床に叩き付けられ意識が朦朧としていく。
薄らいでいく視界の中、男子生徒が携帯電話を取り出し、ドラゴンを従えた女子生徒がこちらに迫るのを見届け男の意識はそこで途絶えた。
「だから、もう少しマトモな魔具かギャラ出してくれよ!こちとら毎回校舎壊されて、生徒会の予算から優先して修繕費が引かれているんだっつーの!」
『そんな事言われましてもねえ、こちらにも色々資金のやり繰りがありまして』
魔具の回収を無事終えたタケシは、電話の相手…リーに愚痴っていた。
タケシがいる教室は戦闘の余波で吹き飛んだガラス、照明や魔具で破壊された机や椅子により悲惨な状態であり、修復が困難な有様であった……のだが、いつの間にか、元の教室に戻っていた。
まるで、何も無かったかのように。
打ち倒した男は、マキノが連れていった。
外からはパトカーのサイレンが聞こえてきており、今頃警察に引き渡されている頃だろうなとタケシはぼんやりと思った。
「ちっ……そっちがそのつもりならこっちにも考えがあんだよ」
『ほほう、雇い主にそんな事言っちゃいますか?ギャラ減らしますよ?』
憎たらしくタケシを煽るリー。
だが、この憎まれ口の叩き合いも新しい日常となっていたのである。
年の差はあれど共通の死線を潜り抜けた者同士、奇妙な友情がそこにはあった。
と、電話の向こうから何かノックの様な音が聞こえる。
「出なくていいのか?」
『ああ、少し失礼します……どうかされました?ふむ、お届け物ですか、珍しい。ご苦労様です』
電話の向こうから、何か物が置かれる音がする。リー宛に何か届いたようであった。
『小包ですか、まあ後で確認しましょう。それと先ほどの件ですが…』
「ああ、気にしなくていいっつーの。ダメモトで言ってみただけだからな」
交渉を諦め、軽くため息をつくタケシ。
『ふふふ、聞き分けのいい子は嫌いではないですよ?では、また依頼の電話をしますので、その時にはギャラにちょっと色付けますね』
「おお、待ってるぜー」
『はい、どうも…なんかこの小包、妙に動いている気がするのですが……』
「ああ、そういえばぼちぼち着くはずだったなあ。この前依頼された、放って置くと髪がやたら伸びる人形の魔具。まあ対応よろしく」
『なんでこちらに!?いつもの送り先に送らなかったのですか!?』
「あれ、送り先間違えてた?まあいつもの通り回収した物を送っただけだから、それじゃ」
『ちょっと待ちなさいタケシ君!ああ!箱から、箱から髪が伸び』
向こう側から聞こえるリーの悲鳴と物音を聞き届け、タケシは通話を切り携帯電話をポケットにしまう。
「さて、それじゃ帰るとしますか」
これは、世界の終わりを防いだあの事件から少し後の物語。
第三十七話 日常への帰還
今、タケシ達生徒会のメンバーは生徒会の活動の傍らで、春夏秋冬の負の遺産ともいえる強力な魔具の回収や、魔具を狙っての侵入者に対し彼らは戦い、学園と地域の安全を守っていた。
本来ラグド商会には、洞原を初めとした専属のエージェントや回収班もいるらしいが、タケシ達の実力と将来性をリーに見込まれて彼直々に雇われている形であり、将来的には本格的にラグド商会に就職させる事も検討されている。
最も、彼らはまだ青春盛りの学生。
「彼らには、後悔するような人生に絶対にならないで欲しいですからね」
と、最終的な判断は彼らに決めさせるというのがリーの方針であった。
「ただいまー」
タケシは生徒会室のドアを開ける。
そこには、机に突っ伏しているユイと、電卓の前で頭を抱えているトウヤの姿があった。
「ギャラに対して修繕費がダブルスコアってどうするんですか、これ……」
「どうもこうもないよ……修理の方は?」
「問題ありません。新世界の門で修復はしましたが……私の体が持ちませんよこれ……」
室内のただならぬ雰囲気に気圧され、タケシはドアを閉めようとする。
「………お邪魔しましたー」
が。
「会」
「長」
ぐるりと二人の首だけがタケシに振り向き、即座にタケシは生徒会室に引き摺り込まれた。
「うわあぁぁーーーーー!」
「いい加減にしろ会長ー!周りの物破壊しながら戦うクセはダメだって言われてたでしょーがー!!」
「フォローする私達の身にもなって下さーい!!」
生徒会室からは暴れる音や物が倒れるような音が聞こえたが、それもすぐに聞こえなくなり廊下は元の静けさを取り戻した。
「……もういいですか?足の感覚がありません」
「ダメですよ会長、もうちょっと反省してもらわないと」
かれこれ1時間ほどであろうか。
精神的に満身創痍の二人に、タケシは正座で説教を受けていた。
「まあまあ、頃合かな佐藤さん。足崩して良いよタケシ」
「悪い、次は気をつけるから…て、立てねぇ…」
トウヤの手を借りながら、ゆっくりと立ち上がるタケシ。
「そういやマキノは?」
ふと撃破した男の引渡しを行っていたマキノの事を思い出し、タケシは二人に尋ねる。
「マキノさんですか?」
「ああ、男を警察に引き渡した後はそのまま帰るって」
「嘘ぉっ!?」
マキノがさっさと帰ってしまったと聞き、がっかりするタケシ。
「ふふ、ここの所はいつも一緒に帰ってましたからね」
ちょっと含んだ口調で微笑むユイ。
タケシとマキノ。
騒動の後、お互いが互いのことを愛していることを自覚し、あの夕日の逢瀬の後、二人は付き合い始めた。
他の生徒達は二人の関係に関しては察するものがあったのか、連日続く破壊行為を伴う夫婦漫才を、微笑ましい目で見守っている。
この事について兄のシュウヤからは、
「マキノの事、よろしく頼むよ」
「それと、式の日取りはどうするんだい?」
との事であった。
なお、この発言の後タケシとシュウヤは壁にめり込み、コンクリートの味を堪能するのだがそれはまた別の話である。
「しかたねえ、俺も帰るとしますか。それじゃまた明日!」
足を十分に慣らし、帰り支度をするタケシ。
「お疲れ様でした、会長」
「後の始末は警察とラグド商会の人がやるっていうから、もう大丈夫だよ。またね」
二人からの挨拶を背負い、タケシは生徒会室から出て行った。
タケシが生徒会室から出て行くのを見届け、ユイはぽつりとつぶやく。
「……分かってないですね、タケシ君」
「本当にね」
くすくすと笑うユイとトウヤ。
かつてマキノの心を覗いたことのあるユイは、彼女の行動パターンをしっかり覚えていた。
「ツンデレなマキノさんが、タケシ君を置いて帰る訳ないじゃないですか」
「全くだね」
夕暮れの平穏な生徒会室の中、これまで戦いの中で生きてきた二人は、静かに笑い続けた。
「あーあ、散々だな」
日が落ち始め、薄暗い廊下をとぼとぼと歩くタケシ。
建物の影に隠れつつある夕日を見ながら、タケシは一人ごちた。
「いや、いままでよりかはずっといいのか」
ふと、春夏秋冬から魔具の回収の依頼を受け取ったことを思い出す。
あの時は旨い話と思って気軽に引き受け。
ユイやリン達と出会い。
魔具の所有者同士の争いを潜り抜け。
仲間同士で傷つけ合い。
春夏秋冬の野望を打ち砕き。
仲間と学園を守るために、新しい戦いに身を投じる。
事件直後は振り返る余裕も無かったが、時が流れるにつれ心に大分余裕が出来てきた。
皮肉にも、あの辛い記憶や戦いはタケシの心を大きく育てたのだ。
そんな事を考えながら、靴を履き替え、玄関を出る。
後は家に帰り、明日を待つだけ。
なのだが。
目の先には校門があるのだが、よく見ると誰かがいる。
人影は逆光でよく見えず、目を凝らすタケシ。
その人影は――――
「ああ、そうか。そうだったな」
自分が一番、理解していたはずなのに。
素直になれないのは、お約束なのに。
夕日をバックに仁王立ちしていたその人影は、タケシの最もよく知る者であった。
タケシは校門の前に居た、その人影に駆け寄る。
二人の影は一つになり、しばらく動く事はなかった。
しばらくして片方の影がもう片方の影を盛大に突き飛ばし、のそりと突き飛ばされた方の影が突き飛ばした側の影に再び寄り添う。
赤い夕日が沈んでいく中、寄り添う二人の行く末など誰も知らない。
未来など、誰にも決められはしないし分かりはしない。
しかし一つだけ、確実に分かる事があるとすれば。
星が綺麗だから、明日も晴れるだろうなという事だけであった。
本来ラグド商会には、洞原を初めとした専属のエージェントや回収班もいるらしいが、タケシ達の実力と将来性をリーに見込まれて彼直々に雇われている形であり、将来的には本格的にラグド商会に就職させる事も検討されている。
最も、彼らはまだ青春盛りの学生。
「彼らには、後悔するような人生に絶対にならないで欲しいですからね」
と、最終的な判断は彼らに決めさせるというのがリーの方針であった。
「ただいまー」
タケシは生徒会室のドアを開ける。
そこには、机に突っ伏しているユイと、電卓の前で頭を抱えているトウヤの姿があった。
「ギャラに対して修繕費がダブルスコアってどうするんですか、これ……」
「どうもこうもないよ……修理の方は?」
「問題ありません。新世界の門で修復はしましたが……私の体が持ちませんよこれ……」
室内のただならぬ雰囲気に気圧され、タケシはドアを閉めようとする。
「………お邪魔しましたー」
が。
「会」
「長」
ぐるりと二人の首だけがタケシに振り向き、即座にタケシは生徒会室に引き摺り込まれた。
「うわあぁぁーーーーー!」
「いい加減にしろ会長ー!周りの物破壊しながら戦うクセはダメだって言われてたでしょーがー!!」
「フォローする私達の身にもなって下さーい!!」
生徒会室からは暴れる音や物が倒れるような音が聞こえたが、それもすぐに聞こえなくなり廊下は元の静けさを取り戻した。
「……もういいですか?足の感覚がありません」
「ダメですよ会長、もうちょっと反省してもらわないと」
かれこれ1時間ほどであろうか。
精神的に満身創痍の二人に、タケシは正座で説教を受けていた。
「まあまあ、頃合かな佐藤さん。足崩して良いよタケシ」
「悪い、次は気をつけるから…て、立てねぇ…」
トウヤの手を借りながら、ゆっくりと立ち上がるタケシ。
「そういやマキノは?」
ふと撃破した男の引渡しを行っていたマキノの事を思い出し、タケシは二人に尋ねる。
「マキノさんですか?」
「ああ、男を警察に引き渡した後はそのまま帰るって」
「嘘ぉっ!?」
マキノがさっさと帰ってしまったと聞き、がっかりするタケシ。
「ふふ、ここの所はいつも一緒に帰ってましたからね」
ちょっと含んだ口調で微笑むユイ。
タケシとマキノ。
騒動の後、お互いが互いのことを愛していることを自覚し、あの夕日の逢瀬の後、二人は付き合い始めた。
他の生徒達は二人の関係に関しては察するものがあったのか、連日続く破壊行為を伴う夫婦漫才を、微笑ましい目で見守っている。
この事について兄のシュウヤからは、
「マキノの事、よろしく頼むよ」
「それと、式の日取りはどうするんだい?」
との事であった。
なお、この発言の後タケシとシュウヤは壁にめり込み、コンクリートの味を堪能するのだがそれはまた別の話である。
「しかたねえ、俺も帰るとしますか。それじゃまた明日!」
足を十分に慣らし、帰り支度をするタケシ。
「お疲れ様でした、会長」
「後の始末は警察とラグド商会の人がやるっていうから、もう大丈夫だよ。またね」
二人からの挨拶を背負い、タケシは生徒会室から出て行った。
タケシが生徒会室から出て行くのを見届け、ユイはぽつりとつぶやく。
「……分かってないですね、タケシ君」
「本当にね」
くすくすと笑うユイとトウヤ。
かつてマキノの心を覗いたことのあるユイは、彼女の行動パターンをしっかり覚えていた。
「ツンデレなマキノさんが、タケシ君を置いて帰る訳ないじゃないですか」
「全くだね」
夕暮れの平穏な生徒会室の中、これまで戦いの中で生きてきた二人は、静かに笑い続けた。
「あーあ、散々だな」
日が落ち始め、薄暗い廊下をとぼとぼと歩くタケシ。
建物の影に隠れつつある夕日を見ながら、タケシは一人ごちた。
「いや、いままでよりかはずっといいのか」
ふと、春夏秋冬から魔具の回収の依頼を受け取ったことを思い出す。
あの時は旨い話と思って気軽に引き受け。
ユイやリン達と出会い。
魔具の所有者同士の争いを潜り抜け。
仲間同士で傷つけ合い。
春夏秋冬の野望を打ち砕き。
仲間と学園を守るために、新しい戦いに身を投じる。
事件直後は振り返る余裕も無かったが、時が流れるにつれ心に大分余裕が出来てきた。
皮肉にも、あの辛い記憶や戦いはタケシの心を大きく育てたのだ。
そんな事を考えながら、靴を履き替え、玄関を出る。
後は家に帰り、明日を待つだけ。
なのだが。
目の先には校門があるのだが、よく見ると誰かがいる。
人影は逆光でよく見えず、目を凝らすタケシ。
その人影は――――
「ああ、そうか。そうだったな」
自分が一番、理解していたはずなのに。
素直になれないのは、お約束なのに。
夕日をバックに仁王立ちしていたその人影は、タケシの最もよく知る者であった。
タケシは校門の前に居た、その人影に駆け寄る。
二人の影は一つになり、しばらく動く事はなかった。
しばらくして片方の影がもう片方の影を盛大に突き飛ばし、のそりと突き飛ばされた方の影が突き飛ばした側の影に再び寄り添う。
赤い夕日が沈んでいく中、寄り添う二人の行く末など誰も知らない。
未来など、誰にも決められはしないし分かりはしない。
しかし一つだけ、確実に分かる事があるとすれば。
星が綺麗だから、明日も晴れるだろうなという事だけであった。
byキング