第10話 記憶
その日の帰り、ケンジはある場所に立ち寄った。
ここはケンジのお気に入りの場所の一つで、
古本屋「古書松吉」である。
古本屋と言っても、マンガの類は全く置いてない。
ただただ、誰も読まなそうな難しい本と、
まさに古文書と呼べるであろう古い本が、ところ狭しとその辺に放置されていた。
早い話がつぶれかけているのである。そしてそれ故に客は一人も来ない。
ケンジ曰く、「だから静かでいい」らしい。
「じっちゃん、来たよ」
「ああ、ケンジか、今日はどれくらいだ?」
ケンジが店に入ってあいさつをすると、店の奥から寝ぼけ声が返ってきた。
「小一時間ぐらい」
ケンジは奥に声が届くよう、少し大きく返事をする。
「わぁかった」
そう言うと、店主松吉は再び夢の世界へ羽ばたいた。
それを気にすることもなく、ケンジはいつもの場所―店の左奥、騒音も遮断され、この店でも最も静かな無音の一角で瞑想を開始する。
一連の事件について、気持ちを整理し考えをめぐらす。
「じゃあじっちゃん、俺帰るから」
「ん?あ、ああ」
そうして帰り際、帰路につこうとしたその時、
普段よく目にしている本山の中の一冊に目がとまった。
すぐさま掘り出し、手にとって見ると、紫の表紙に大きな目玉の竜が描かれている。
風が吹いたら砂になってしまいそうなほど古い本だ。
ここ(・・)に通っているものの、本には全く興味がなかったケンジだが、
この本には何か不思議な、吸い寄せられるようなものを感じた。
「・・・じっちゃん、これ、もらってっていい?」
本を松吉の方に掲げ、見せる。
「ん、ああ、持ってけ持ってけ」
・ ・・ここは仮にも本屋、持ってけってあんた・・・。
「じゃ」
土産を手に、ケンジは今度こそ帰路についた。
その背に赤い夕焼けを浴びて。
by図書神