そんなすばらしいとも言える景色の中。三人は途方に暮れていた。
「あ〜・・・」
草原の真ん中に一直線に敷かれたレールの上を漠然と歩き続け、覇気を完全に失った目でただ呆然と空を見上げる。その手には一枚の紙切れが力無く握られていた。
この紙を見つけたと言う事はおそらく私の指示したことは終わらせたのだろう。
では、用件を言っておこう。
これより[補習授業]を始める。内容は簡単だ、魔法その他何を使用しても構わない。今日中に戻ってくる事。それが今回の課題だ。出来ないようなら又新しい課題を出すまでだ。
君たちの努力と結果を期待しよう。
先生の指示通りのことを一通り終わらせ戻ってみるとここまで来たはずの連絡用列車は無く。変わりにこの紙切れが残されていた。拾い上げ、読んでみるなり3人から言葉と言うものが無くなった。いつもならば真っ先に元凶である歳人に怒鳴るはずの椿すら
それからひたすらに言葉を交わすことも無く線路を辿り歩き続けていた。
「なぁあした。転送系の魔法使えないのかぁ・・・?」
「・・・使えないよ。それに、その質問は何度目だ。」
「うぅ・・・」
もはや繋ぐ言葉さえ思いつかない。魔法を使っても良いと言われてもこんな状況に役立つ術を一つも持っていない三人。おそらく先生もそれを見越してあえて書いたのであろうが・・・。
「(畜生・・・あの性悪教師・・・いつかギャフンっと言わせてやる!)」
心の中で復讐の炎を燃やしながらひた歩く。陽もかなり傾きはじめているが、それでも未だ学校は見えてこない。
それからさらに一時間。
「・・・あぁ・・・やっとここまで来れた・・・」
歳人の言葉どおり地平線の上に大きく聳え立つ建物の影が見えた。その影はとてもだが学校とはいえない大きさだった。周りに比較するものが無いためそれは一層感じられた。
3人は僅かに希望を取り戻し歩き続ける。それでもまだ学校まではとてもでないが着かないだろう。太陽も地平線に半分以上隠れてしまっている。それでも三人は歩き続ける・・・
だがこのとき歳人はもう歩く必要性が無かった事など知る由も無い。
「はぁはぁ・・・疲れた・・・」
歳人はふと歩くのをやめ夕日を眺め始める。
「おーい。さいと!休んでないで歩けー!」
前から明日が呼んでいる。気がつけば二人はかなり先まで行っている。どうやら二人よりもかなりの体力を消費が激しい。それもそのはず昼間節操無く魔力を使いすぎのせいで体力も削大幅に削られている。
「あっ!待ってくれよ!!」
急いで二人に追いつこうと走りだそうとする・・・が
ブォン
「ん?」
無機質な機械音と魔力を感じる・・・自分のポケットから・・・
「昼間拾ったペンダントから・・・?」
歳人はおもむろにポケットからペンダントを取り出す。ペンダントの真ん中についているオレンジ色の玉が強い光を放っている。そして・・・
「なっ!?」
足元に魔法陣が形成されそして・・・
「さーくん!!いつまでのんびりしるの!?早く学校に帰る・・・さーくん・・・?」
夕日に照らされた草原。居るべきはずの人間が・・・歳人の姿はそこに無かった。
ただ焼け跡のように残った魔法陣と真ん中にぽつんと落ちたペンダントだけが残っていた。
暗く寒くそして、自分を拒絶するような空気。あまりにも異質すぎる空間。
「ここ・・・どこだ・・・?」
陽の光は何処からも射さない。地下室なのかもしれない・・・。
足元を見れば魔法陣が描かれているが魔力を感じない。
「・・・今は使えそうに無いな・・・」
仕方なく改めて辺りを見渡す。暗いため当然周りは良く見えない。しかし、自分の目の前に階段らしきものがあるのは辛うじてわかった。
ここに居ても何も始まらないと歳人は階段の方へ歩き出し、一段目を踏み込んだ瞬間
「・・・もう、戻ってきたのか?思ったよりも早かったようだな。」
自分の頭上から突如声がする。歳人は反射的に後へ飛び退き階段の上を見る。
そこには人が立っている。だが、暗闇のせいではっきりと姿が見えない。
しゃがれた声からして男。しかもそれなりの歳・・・おそらくは50近いだろう。
「ん?あぁ・・・珍しいな・・・こんな所に客人とは、よほど愚かな奴だな。」
男は階段を一段、又一段とゆっくりと降りてくる。歳人は目が暗闇に慣れ始め男の顔が少し見えてきた。白髪交じりの髪の毛に年齢相応といえる顔つき。だが、それとは裏腹に屈強で精悍な体つき。そして、顔についた傷跡がとても印象的である。
「・・・誰だ?」
「誰だとは良く言う。その言葉そのまま返そう。貴様は誰だ?」
歳人の問に男は取って返す。
「見たところまだ年端もいかない子供か・・・ん?その服・・・ふん。お国に育てられてる無知で愚かな飼い犬か。」
階段を降りきり歳人の目の前までやってくる。目の前まで来てはじめて判る。とてつもなく大きい。お世辞でも背が高いとはいえない歳人がさらに低く感じる。明日よりも明らかに高い。どう見ても2mは確実にある。
「さて、少年よ。本来ならば貴様など当の昔に消しているが・・・まぁ久しぶりの客人だ。まさかこの
少しは歓迎してやらんとな。」
「え・・・?あっ・・・アウトロウ・・・だって?」
歳人は不意に出された言葉に動揺を隠し切れなかった。つい先日目と鼻の先にあった場所。決して中を見ることのなかった場所。再び来る事など考えもしなかった場所。
今ある自分の状況に頭が対処しきれなくなっている。
「ほぉ・・・どうやら偶然。ここへ迷い込んできた・・・と言う事か、不幸な事だな。」
「ぐっ・・・あんたに憐れまれるほど落ちぶれちゃいないよ・・・!」
もはや本能的ともいえるほど何の迷いも何の躊躇いも無く、開いていた距離を一気に詰め圧縮した魔力を右手に込め力いっぱい殴り込む。
「うぉぉぉりやぁぁぁ!」
怒号と共に男の顔面に入った・・・筈だった。
「そんな・・・」
歳人はもはや動揺を隠す事すらしなかった。その気になれば列車だろうがゴミの山だろうがなんであろうが吹き飛ばせる程の威力のある攻撃を左手一本で受け止めた。
「ほぉ、威勢はいいな。悪くない貴様のような奴は嫌いではない。」
男は涼しげな顔で言う。そして、受け止めた右手を掴み力任せに振り回し投げ飛ばす。
「っ!?」
成す術も無くただ投げ飛ばされる。いくつか物にぶつかり最終的には壁に激突。運良く頭からぶつかる事無くそのまま壁に背を預け座り込んでしまう。
「うぐっ・・・」
痛みを必死で堪える。正直信じられない。歳人の攻撃を片手で受け止めただけではなくその片手で人を軽々と投げ飛ばす。
「これで無駄なあがきは出来なくなったな。私は子供は嫌いではないむしろ好きだね。特に貴様のような威勢のいいのは・・・な。」
「(何が言いたいんだ・・・?)」
歳人の疑問は漠然としているが間違いではない。この男の言葉の意図がまるでつかめない。
「そういえばまだ名を聞いていなかったな。少年。貴様の名は何だ?」
「(本当に意図がつかめない。何だ?この脈略の無い会話は)ならさっきの言葉そっくりそのまま返すよ。」
「ほぉ、この状況でもまだ虚勢をはるか・・・面白い。私の名か・・・私に名乗る名などとうの昔に捨てたな。だが、あえて言うならば・・・ながみ・・・そう無神。とでも名乗っておこうか。さて、今度はお前の名だ。」
「っ・・・歳人・・・片山歳人だ・・・」
「歳人・・・ね。」
歳人はその威圧的な雰囲気に押し潰され思わず無神と名乗ったその男に従い名前を名乗った。そして、無神は薄ら笑いを浮かべながら歳人にゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、再び脈略の無い話が始まる。
「私は今あることをしている。この国を・・・腐り果てたこの国を一度消す為にな。」
「(・・・一体何考えてるんだ?たった一人の人間が国相手に勝てるとでも思ってるのか?)」
当然の疑問だった。だが、それをあえて口にはしなかった。なぜかそんな疑問は無意味としか言いようが無い気がしたからだ。
無神はもはや自分の世界に入ったかのようにただひたすらと一人で喋り続ける。
「私の手元には空の泉がある・・・あとはあれさえ手にすればこの国など・・・」
「空の・・・泉?(何だそりゃ?聞いた事もねぇ・・・一体なんだ?)」
歳人が思わず口にした言葉を聞き無神はその問に答えるように言った。
「人間にとって無知とは最も愚かしい罪だ。だが、知らなくても当然というものか。良いだろう教えてやろう空の泉について。ただし、それには一つ『条件』がある。」
無神が不適な笑みを浮かべる。そのとき理解した今までの独り言のような内容はこれのためだった事をそして、その『条件』はとてつもなく唐突で信じられないものだった。
「歳人。私の部下になれ。そして、私と共にこの腐りきった国を消し去るのだ。」