早くしなければ、無神が追ってくるかもしれない。
だが、こいつはすんなりと通してくれそうもない。
もし逃げられたとしても、こいつは自分の命を狙っているようだ。いつ殺されるか分からない。
ならば、と歳人は結論に至る。
こいつを倒し、明日達と合流する。
歳人は拳に力を入れ身構えた。
それを見た勇はニヤリと笑い、両手をかざし呪文を詠唱する。
その掌の前には不気味な黒い球体――黒球が出現し、歳人へ向かって飛んでいく。
明日と椿を飲み込んだ時とは大きさが異なり、ボールのようなサイズだった。
歳人はそれを避けてかわし、黒球は歳人の後ろにあった古びた建物に当たる。
次はこっちの番、と歳人は足を前へ出した時に気づく。
音が無い。
普通、攻撃系統の魔法は対象に当たると、その対象が破壊されたり、魔法の何らかの効果を浴びたりする。
そのどちらでも、対象に当たったなら何らかの反応――つまり音がするはずだ。
しかし、黒い球体は歳人の横をすり抜けた後、まるで消滅したかのような感じだ。
チラリ、と歳人は後ろの建物を覗き見る。
黒い球体に当たった建物の一部に、丸い穴が開いていた。
そして、その穴のすぐ下に穴がちょうど埋まるくらいの大きさの石球が落ちていた。
ハッと歳人は奴が何の魔法を唱えているか気づいた。
こいつが使っているのは、空間転移魔法だ。
――――空間転移魔法。それは、そこにあるものを他のどこかに移動させる魔法である。対象物を一瞬にして移動させるその魔法は、使うにも大きな魔力が必要であり、魔力を込められた魔法陣を使ってやっと発動することが可能な高難度な魔法である。
もちろん、魔法陣も作れない歳人には使えるわけも無く、空間転移魔法については学校の授業で若干、習っただけである。
なぜ、こいつが魔法陣も使わずに空間転移魔法を発動出来るかは分からないが、当たった建物の損傷を見れば空間転移魔法で間違いないと判断である。
つまり、黒球が当たった場所――対象物が、その当たった場所の真下――他のどこか、に移動したわけである。
この事から見て、こいつが狙っているのは部分的な空間転移だ。
それも、移動先に意味があるのではなく移動させる対象物に意味があるのだ。
もしもあの黒球に腕が当たれば、黒球に飲み込まれた分の腕は無くなり、どこか地面に転がっているだろう。
こいつは空間転移魔法という本来は補助等に使う魔法を、部分的に転移させるという
あの黒球には、当たるわけにはいかない。歳人はそう考え、一歩下がる。
「どうした?反撃してこないのか?」
「大事な体をどこかへ飛ばされるわけにはいかないんでね」
「ならば、またこちらからいかせてもらうぞ!」
歳人に自分の魔法を見破られた事に何とも思わず、勇は呪文の詠唱をする。
また黒球が飛んできた。歳人はサッと避ける。
二撃、三撃と連続して黒球が迫ってくるが、勇に対し、十分な距離を取っているので避けるのはそう難しい事では無かった。
しかし、当たらないのはこちらも同じ。いや、遠距離攻撃の勇に対して、近距離でしか攻撃手段の無い歳人の方が不利であろう。
何か攻撃手段は無いのか?、と歳人は避けつつ考えを巡らす。
隙はある。呪文の詠唱をしている時だ。両手をかかげているという事は逆にボディーはガラ空きという事である。
問題はどうやってこの黒球をくぐり抜け、近づくか、だ。
当然、勇との距離が近づけば近づく程、攻撃を食らう危険性は高くなる。もしかしたら、避けきれるかもしれないが当たり箇所によって一撃で勝負は決する。
あまりにも危険性が高すぎる賭けである。
他に手段は無いものか・・・せめて自分も遠距離で攻撃が出来れば・・・と考えている最中にも、容赦無く黒球は迫ってくる。
少し反応の遅れた歳人はぎりぎりでかわす。
歳人に当たり損ねた黒球は、建物にあたり、その壁面に丸い穴を掘る。
建物はすでにいくつもの穴が空き、その下には多くの石球が転がっていた。
それを見た歳人は「これだっ!」と思いつき、勇とは反対の建物の方へ駆け出す。
「逃げる気かっ!?」
「ちげぇーよ、お前を倒す手段を見つけたんだよ!!」
勇はそれを不審に思い、すぐさま次の呪文を詠唱するが、歳人の方が建物につくのが早かった。
歳人は落ちている石球を持ち上げ、上に投げる。
「くらえっ!!これが俺の遠距離攻撃だ!」
歳人は落ちたきた石球に思い切り拳を叩きつける。当然の如く、石球は粉々に砕け散る。だが、割れた破片は石球の向かい側にいた勇へと飛んでいった。
「ふん、猿知恵が」
すでに出ていた黒球が破片を飲み込み、真下の地面へと転移させる。しかし、ボールサイズの黒球では破片を全て飲み込む事は出来ず、残った破片は勇へと降り注ぐ。
予想済みだったのか、すでに呪文の詠唱をしていた勇の目の前に、自分の視界がそれに遮られるような大きさの四角い黒板が出現する。
黒板は勇を守るように破片を全て飲み込む。そして真下へと転移させた。
役目を終えた黒板は、ゆっくりと小さく縮んでいき消えていった。
だんだんと周りが見わたせるようになり、すぐさま反撃するため両手をかかげ呪文を詠唱する。
「!?」
勇が前を見れるようになった時には、歳人はすでに自分の目の前で殴る構えをしていた。
「バ・・なぜ・・・!?」
歳人は石球を殴った後、勇に走って向かっていたのだ。破片から自分の体を守る為には体全体、もしくはそれ以上の大きさの空間転移魔法を使うはずである、と動きを読んでいたからだ。
しかし、ただ走って向かっていったのではない。勇の黒球を見習い、歳人も
自分の足を魔法で強化し、地面を思い切り蹴り進むことにより、通常の何倍ものスピードで動いたのだ。走って進むというより跳びながら進む、という言い方が正しいであろう。
歳人の姿に驚いた勇はすぐさま詠唱を止め、ガードしようとするが遅かった。
「うおお!!!」
歳人の雄たけびと共に拳は勇のボディーに突き刺さり、勇は嗚咽を漏らすことすらなく飛んでいった。
「・・・早く明日と椿に合流しないと・・・・・・」
歳人はその場を後にし、壁の外を目指して歩き出した。