第九話 夕闇クライシス
太陽がゆっくりと欠けていく。それは、作戦開始を意味していた。
基地から離れた場所にある廃墟。そこが親父から渡された資料に書かれていた待機場所だった。5年前の中国による侵攻により、荒れ果ててしまったらしい。
今回の任務は、敵機の迎撃。
正直、不安である。どんな攻撃をしてくるかすら分からないのだ。親父も防御壁が必要になるだろうと、この場所を選んだのだろう。
すでに俺も七翔も渚も、そしてセレネも配置についている。
廃れたビルとビルの間にある一本道。その真ん中にセレネは立っている。
そのセレネをすぐに守れるように、渚はビルの1階に隠れている。
七翔は渚とは反対のビルの、崩れて吹き抜けになっている4階にて、ライフルのスコープからセレネを覗いている。
そして、俺は七翔のいるビルの2階、すでに割れてガラスの無い窓から双眼鏡を使い、あたりを見回している。
計画は実に簡単な物だった。俺が敵機を見つけ次第、無線にて二人に報告。その後、渚がセレネを保護し、七翔が敵機を狙撃する。これだけだった。
「ちゃんと見張っとけよ〜。黒乃〜」
「あんたこそ、ちゃんと当てなさいよ?」
「おいおい。この俺をどこの誰だと思ってるんだ?」
「知ってるよ。バカでしょ?」
「なにをぅ!?」
「……任務中だぞ」
無線機で遊んでるこいつらには緊張感というものが存在しないのだろうか?これから俺達が相手するのは生物兵器だと言うのに。この作戦だってほんの気休め程度にしかすぎないんだぞ?
しかし、気の長い任務である。いくらセレネを囮にしたからって、基地から出た後すぐに襲ってくるとは限らない。いや、襲ってくるかどうかすら分からないのだ。
もしかしたら二人のように気長に待っていた方が良いのかもしれない。
いや、やっぱそれはどうかと思うけど。
今は自分に与えられた仕事をまっとうするのみ。見張り見張りっと。
双眼鏡を顔に寄せた瞬間――
「……セレネ。あなた一人なの?」
なんだ?声?咄嗟にあたりを見回す。誰もいない。
セレネも見回している。渚や七翔にはどうやら何も聞こえなかったらしい。
「アルテミスちゃん?いるのぉ?」
「セレネ、あなたを連れ戻しに来たわ。さぁ一緒に来なさい。」
しまったっ!敵はすでにいる!?
姿は見えないが、かなり至近距離まで近づかれているぞっ!
「渚!七翔!敵が来ているっ!!」
「えっ!?」「なにっ!?」
二人はすぐさま行動しようとするが、固まった。
敵が見えないのだ。どうすればいいのか分からない、そんな感じだった。
だが、俺には何をすればいいかはっきりと分かっていた
「セレネを守れ!連れてかれるぞっ!」
その無線の声に呼応したように、渚がビルから飛び出す。
「っ!?」
突然出てきた渚に驚くアルテミス。
もちろん、そんな事は黒乃達には分からないのであるが。
「セレネちゃん!逃げるわよっ!」
「させるかっ!」
渚がセレネの手を取ろうとした瞬間、真横から吹っ飛ばされた。
地面を滑る渚。脇腹を押さえながらも、すぐに立ち上がる。
「渚!平気か?」
「…えぇ、何とかね。」
「なら行くぞ!」
俺と渚は左右に分かれ、セレネに近づく。
姿の見えない敵機を相手にするよりも、向こうの狙いであるセレネを守る事を優先した。
ぐっ!?腹に鈍い衝撃が走る。くそっ、もろに食らったぞ…。
だが、その間に渚がセレネを確保する。作戦通り。
「くっ!?逃がすかっ!!」
セレネに向かっていくと思われる敵機に、渚が立ちはだかる。
その予想通り、セレネに向かっていくアルテミス。
姿を消している敵になすすべも無く、渚はなぎ払われた。
だが、それも全て作戦通り。初めから俺達はこの瞬間を狙っていたのだ。
敵機が確実にその位置にいると分かるその瞬間を。
パシュッ
突然、透明な何かが地面に転がった
バチバチと火花を散らしながら、セレネの目の前でその姿を現した。
長く白銀に輝く髪が風に舞い、地面に転がったせいか黒いコートが汚れている。
「ヘッヘー!どうだ見たか?この俺様の実力を!!」
「今のはどう見ても私達のおかげでしょうが」
「だが俺様無くしてはこの子を倒せなかったぜ?」
「何言ってのよ。その距離だったら私でも当てられるわよ」
「なにをぅ!?」
「まだ任務中だぞ!」
くそっ…こいつら…。マジで緊張感とか無いのか?
俺は倒れている敵機―アルテミス―に近寄る。
「アルテミスちゃん、死んじゃったのぉ?」
「大丈夫だ。麻酔弾だよ。眠っているだけさ。」
元々、捕獲優先だし、俺達だってこんな幼い子は殺したくはない。
さてと。じゃあこの子を連れて帰って任務終了か。
案外、あっけなかったな…。
ん?なんだこの子の腕輪?妙にごつい物つけてるな。壊れているみたいだが。あぁ七翔の銃弾に当たったのか。これが壊れて姿が現れたってとこか。
では透明になっていたのは、この子の力じゃないのか?
いや、待てよ?それよりもこの腕輪に当たったって事は…。
突如、少女の閉じていた瞼が開く。
なっ―――!?
俺は喋る間も無く少女の力とは思えない力で吹っ飛ばされた。
「「黒乃!?」」
二人の声が重なる。
七翔がすぐさま、ライフルを向けるが…
「なっ!?」
少女が手をかざすと、ライフルが壊れてしまった。
渚も銃を構えるが、やはり炸裂してしまった。
「セレネは返してもらう」
少女の淡く青い目が輝いていた。
by絶望君