―――翌朝。
タケシは普段近寄らない、学園長室の前に来ていた。
ここまで来ると生徒達の声はもちろん、同じ階にいる教員達の雑談すら聞こえなくなる。
ドアノブに手を掛けようとして、ふと何かを思い出し手を止める。
そのまま手を返し、手の甲でドアを”コンコン”と二度叩く。何もない通路に音が響いた。
「失礼します」
タケシの声が反響し、やがて辺りは静けさを取り戻す。
部屋の主からの返事は無い。
それを無言の承諾と受け取ると、タケシはドアノブに手を掛け、重い扉を開いた。
部屋の先には初老の男が一人、机に肘を掛け座っていた。
「待っていたよ。ようこそ、学園長室へ」
そう言うと、その男はニヤリと微笑んだ。
第四話 朝から始まる物語
「俺に何か用ですか?」
正直、タケシには学園長こと春夏秋冬(ひととせ) (じん)に呼ばれる理由などいくらでもあった。
成績、単位、授業態度、出席日数、マキノによって壊された学園の修理費、などなど……。
最後のは俺のせいじゃない気もするが、呼ばれてもおかしくはない。
どれだ?一体どの事について言われるんだ……?いや、もしかして退学とか……?
ゴクッと生唾を飲み込む音が聞こえる。
そして、学園長の口が開く。
「君は、魔王という存在を信じているかね?」
「………は?」
魔王?まおう?何?なんだって?What?
何言ってんだ、このおっさん。あえて言うなら、俺にとっての魔王があんただが。
待て、落ち着け。そういえば噂で聞いた事がある。
“魔王は学園長の復活を信じていて、その為にこの学園を造った”とか。
あぁ、違う俺のバカ!逆じゃねぇか!学園長復活するって意味ワカラン!!
とにかく落ち着くんだ。とりあえずここは、学園長に合わせて……。
「……はい。実は俺も信じてたんッスよ。魔王。カッチョイイッスよね!」
完璧だ。これ以上にないくらい100点満点の回答だ。
まさか俺がここまでアドリブに強い人間だったとは…。
おそるべき才能っ……!タケシっ…恐ろしい子っ……!
「それは君の本心かね……?」
「え!?あ、いや………」
な、何故バレた!?ま、まさかこのおっさん、俺の心が読めるのか?
動揺してる俺を尻目に、学園長は余裕を崩さない。
「フッ…まぁいい。その様子だと君も知っているようだが、私は魔王という存在が復活すると思っている。間違いなく、な」
「そこまで言うんだったら、何か根拠があるんスか?」
「君にそれを語る必要は無いし、君にしてもらいたい事は別にある」
「俺にしてもらいたいこと?」
「そうだ。君に魔具を集めて貰いたい」
魔具を集めろ、だって…?何てこと言い出すんだ、このおっさん。
―――魔具。
遙か昔、悪魔を倒す為に人間が扱っていた武器を魔具と呼ぶらしい。それらはただの武器じゃなく、魔具特有の能力が備わっているとか無いとか。
人間が悪魔を退けた後、あまりに危険だったそれらの魔具は封印されたらしい。
もちろん、そんな与太話を信じちゃいないが、実際に魔具は次々と復活している。
どうやら魔具は、素質のある者にだけ封印を解除出来るとか。
マキノの持っている刺鉄球『村正(改)』もそうだ。
そのせいで俺も何度、黄泉の国へと連れられた事か……。
ってそうじゃなくて。
誰が魔具を持ってるかも分かんねぇのに、んなもん集められるかっての。
「学園長、残念ながら俺には――――」
「その話、乗ったぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「―――っ!!!??」
突然、背後から叫び声と破壊音と同時に聴こえ、それと共に何かが飛んできた。
見てみれば、学園長室のドアはぶっ壊れ(っていうか、ドア周りの壁もろとも)、そいつは乱入してきた。
その手には、「私が破壊しました」と言わんばかりに黒光りする鉄球が握られている。
今や残骸となっているドアの上を容赦なく踏みつけ、学園長の正面へやって来る。
「学園長、その話おもしろいわねっ!乗ったわ!この風紀委員マキノに任せなさい!」
「ほぅ。マキノ君も引き受けてくれるかね?」
「ちょっ!?いきなりやってきて何言ってんの!?大体何でここに来たのっ!?」
「フフフッ♪タケシ宛の手紙を私が読まないわけないでしょ♪タケシが入ってからずっと聞き耳立ててたのよ。そしたら面白そうな話が――って、あれ?タケシの声がするけど、いないわね?どこかしら?」
今、お前が踏みつけてるドアの下だっての!それに俺には、“ぷらいばしー”とやらは存在しないのかっ!?って痛ッ!?足踏みするなよ!!痛たたたッ!?なんでジャンプしてんの!?っていうかわざとやってね?
――ん?あ、あれは!?飛び跳ねてるせいでスカートがひらひらと舞い上がり、幻のデルタゾーンが丸見えに!!……ゴクッ。これは目に焼き尽くしておかねば―――――ッ!
ドゴッ!!
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
顔にッ!俺の顔にッ!全体重を乗せた足がッ!足がぁぁああぁぁあああぁぁッ!!
マキノは満足した様子で、ドアの上から降りたが今はそれどころじゃない。
俺があまりの痛さに転がり回っている間、マキノの奴と学園長は勝手に話を進めた。
「でも、学園長。誰が魔具を持ってるかなんて分かんないし、そもそも学生の私たちじゃ、そんなに遠くには行けないわよ?」
「その点は大丈夫だ。魔具を持っている人間や魔具を持てる素質のある者は、全てこの学園の生徒や教員として集めてある」
「一体、どうやって……?」
「フフッ。目には目を、とはよくいったものだな。この魔具がそれを教えてくれた」
そういうと学園長は、十字架のペンダントが付いたネックレスを机から取り出した。
十字架の真ん中には赤い宝石が埋まっており、不気味な輝きを見せる。
「これは戦闘用の魔具では無いが、近くに魔具があったり、誰かが魔具を使用していたら知らせてくれる。言わば、魔具探知用の魔具だ。血の十字架(クロスブラッド)という。」
へぇ〜、なんてマキノの奴が関心している。
まだ顔がヒリヒリするぞ、このヤロー。どう復讐してやろうか…ッ!
しかし、ここは変な事に巻き込まれないうちに去るのが一番だな。
さらば、学園長。覚えてやがれ、マキノ。
俺は二人に背を向け、もはや部屋の入り口というよりも、ぽっかりと開いてしまった穴に向かって走ろうとした。が――――
「この魔具を君に託そうかと思っている。タケシ君」
「………俺?」
あまりにも意外だったせいか、動き出そうとして足を止めて振り返ってしまった。
いや、考えてみれば学園長はマキノではなく、俺を呼んだんだ。
それ程、驚く事でも無かった。だが俺は逃してしまった。この厄介な頼みごとから逃れる最後の好機を。
「そうだ。魔具は一人に一つしか扱えない(・・・・・・・・・・・・・・)が、素質者ならば、どの魔具でも使えるからな。君が魔具を持ってない事は昨日寝ている間に調べさせてもらったよ。すまなかったな。気絶させてしまって」
「あんたのせいだったのかっ!!俺が昨日どんなヒドイ目にあったか……ッ!」
思い出してもムカッ腹が立つ。今朝の飯までは何も食えなかった上に、マキノ特製の爆弾おにぎりのせいで、夜も眠れない程の腹痛に見舞わされたんだぞ!!おかげでこっちは寝不足なんだよ、チキショー!!
「その代わりと言ってはなんだが、今回の件を承諾してくれるならば、君の成績や単位、校舎損壊については不問にしよう。もちろん、マキノ君。君もだ」
「マジッスか!?昨日の事なんか全然気にしてないッスよ!俺に魔具集め任せて下さいよ!幾つでも集めて見せますッスから!!」
「変わり身早いわね……あんた。敬語になってないし」
「フッ、君達を見ていると面白いな。なに、集めると言っても奪うというわけじゃない。来るべきその時に、魔具を持つ者がいてくれればいいのだ」
「……魔王の誕生の時ッスか?でも、何の為に?」
「察しがいいね、タケシ君。あえて言うなら――“念の為”、だな。協力者という形でも構わない。だが、協力しない者や私利私欲の為に魔具を使う者には……分かっているね?」
奪い取れ……ってか。意外に強欲だな、おっさん。
なにが“念の為”だ。他に理由があるのは見え見えじゃねぇーか。
もしかして一番危険なのは―――――
「さぁ、血の十字架(クロスブラッド)を授けようタケシ君。受け取りたまえ」
俺はそれを受け取り、首にかけた。
さっきまで学園長の机に中にあったせいか、ひんやりする。
すると突然、赤い宝石の部分が光り始め、十字架が動き始めた―――!
「な、なんだこれ!どうなってんだ!?」
「……どうやら、魔具を発見したらしいな。その十字架の指す方向に魔具はある。早速頼んだぞ」
「でも、もう授業が始まっちゃうわよ、学園長」
マキノの言葉に対し、学園長はニヤリと笑みを浮かべた。
「私の先程の発言を忘れたかな?単位は不問にする、と言ったんだ」
それを聴いた俺とマキノは顔を見合わせ、ニンマリと微笑んだ。
そして――――――
「タケシ!行くわよっ!」
「わかってらぁ!!」
俺達は全速力で学園長室を後にした。
by絶望君