第十二話 姫井トウヤ
「まさか隠者(ヒルミット)よりも、こっちを先に使う事になるとはね……」
走りながら一人ごちり、刀を握る両腕に力を込める。
深緑色に光るその刀は、どこか禍々しい不気味なオーラを発している。まるで、斬るモノ全てを飲み込んでしまいそうな感覚。
斬るべき対象が近付くと、地面に向けていた切っ先を天に掲げた。そして―――
「はぁぁああああっ!!」
刀は勢いよく振り下ろされ、少女の体を引き裂いた。
少女は意識を失い、膝から崩れ落ちる。それと同時に彼女を蝕んでいた、黒い何か(・・・・)も消えていく。
「きゃぁああッ!」
「うわぁ!?ト、トウヤ……ッ!?」
「な………ッ!?」
その光景を見ていた者達は、驚嘆し声をあげた。
しかし、自分達の思い描いた姿とは違い、少女の体に傷や血は見当たらない。それどころか、斬った跡さえ残っていなかった。
「な、なんでだ……?」
「驚かしてごめん。まぁ軽く説明すると、彼女を奴ら(・・・)の攻撃から助けたんだよ。この魔具、草薙刀でね」
「助けたって……?何でチビッ子を斬ったのに、なんともないわけ?」
「この妖刀は魔具による攻撃を消すことが出来るんだ。それで彼女ごと黒いアレを斬ったのさ。だけど、それ以外のモノ、例えば魔具自体や人間は斬ることが出来ない。彼女の服や身体が無傷なのはそう言うことだね」
そう言いながら、少女を抱き起こし、その掌に握りしめられていた血の十字架(クロスブラッド)を取り返す。
すぐ傍には、レヴァと呼ばれていたドラゴンの姿も消え、青い水晶だけが残っていた。
「タケシ君、これはキミに返すよ。こっちの方は僕が預からせて貰うね」
血の十字架(クロスブラッド)をタケシに手渡し、青い水晶を懐へとしまう。
「姫井副委員長、奴ら(・・・)って……?」
「……それよりも、今は彼女が心配だ。僕の草薙刀には人間の意識まで奪う効果は無いからね。保健室へ急ごう」
四人は少女を連れて、凄惨な光景と化している屋上を後にした。


「おーい、マキノー!どうだー?」
保健室のベッドを仕切るカーテンの外から、俺は声を掛けてみる。
俺達が来た時に保険医の姿は無く、どこかに行ってしまったようだ。
本来ならば保険医に任せるところだが、一応女の子の体も見てみると言うことで、今やカーテンの中は男子禁制となっていた。何故か俺の右頬も拳の跡が付き赤く腫れているが、そこについては触れないでおこう。
俺の隣にはトウヤが生徒用のパイプ椅子に座っている。
そういえば、いつの間にか刀が消えている。よく考えたら、いつから持ってたんだ?
「トウヤ、あの刀は?どこやったんだ?」
「あぁ、草薙刀のこと?簡単に言うと、あの刀は実在しないモノを斬ることが出来る。それはつまり、あの刀も実在していないということさ」
「……日本語でお願いシマス」
そんな事を話していると、シャーっとカーテンが開かれ、マキノとユイが出てくる。
「とりあえず、体のどこにも傷は見当たらないし、チビッ子は無事みたいね。スースー気持ちよさそうに寝てるわよ」
あの少女はマキノの言うとおり、無垢な表情で寝ている。さっきまでの悪態が嘘みたいだ。
俺はホっと一息つき、肩の荷が下りた。それにしても、あの子かわいいなぁ。クヒヒ。
「ドラゴン倒したのはあたしなのに、なーんかトウヤにおいしいトコ持ってかれた気がするのよねぇ」
「まぁまぁ、マキノさん。いつも(・・・)キミの壊した学校の備品やら何やら、いつも(・・・)僕が対処してるんだから、それで勘弁してよ」
ドサクサに紛れて、トウヤが物凄い皮肉を言ってる気がするが、俺の気のせいだろう。トウヤの笑顔の裏に殺気めいたモノを感じたのも気のせいに違いない。
「でも、あの黒いのは一体何だったんでしょうか?」
「……アレに全て飲み込まれてしまったら、もう助かる道は無い。どうにか助けられたけど、本当に無事かどうかは彼女が起きてみるまで分からないよ」
じゃあもしかして、このまま目覚めないって事も……?
そう考えると怖くなってきた。この子の事はよく知らないけど、さっきまで俺達と戦い、話していたのに、もうあの姿が見れなくなるかもしれない。
なんだよ、なんでこんなことになっちまったんだ?
もしかしたら、そのうち俺もこうなっちまうのか……?
ふと、他の面子の顔を見上げる。ユイは俺と同じ事を考えていたのか、顔が青ざめている。トウヤは少女を見つめ、何かを思案しているようだった。マキノは――――
「チビッ子!いい加減に起きなさいよっ!お昼寝の時間は終わりなのよ!」
「ちょっ!?マキノ、何やってんの!?」
マキノは少女の体に跨って襟首を掴み、持ち上げていた。
その姿はまるで、カツアゲされた少女がボコられているような光景である。
「さっきまでの目つきの悪さはどうしたのよ!目、開かなきゃわかんないでしょっ!」
「やめろってマキノ!逆効果だっての!」
ガクガクと、少女の体を揺れ動かしているマキノを押さえつける。
そんなことして目が覚めるわけが―――あれ?この子、目開いてねーか?
後ろにいた二人もそれに気がついたのか、近寄ってくる。
「ん……ここは……?」
「やっと目を覚ましたわね、チビッ子。さぁ色々と聞かせてもらおうかしら?」
間髪入れずに聞くマキノに対し、まだ頭がハッキリとしていないのか、少女はボーっとマキノの顔を眺めている。
「……だれ?ここ、どこ……?」
「……チビッ子、このマキノ様の顔を忘れるなんていい度胸じゃない。二度と忘れられない様に、心の奥底に刻み込んであげようかしらぁ?」
「ひ……っ!?」
拳をもう片方の掌で包み込み、関節をポキポキと鳴らした。
鉄鋼乙女モードに突入した魔鬼乃に、少女は為す術無くビビりまくっている。
「なんか様子がおかしくないですか?さっきまでとは、まるで違う気が……」
言われてみれば、確かに違和感を覚える。
屋上で見た時の威勢の良さは消えてるし、何よりあの目つきの悪さが無くなっていた。
今の姿はまるで子供の様だった。いや、それが普通なんだけど。
そこへトウヤが少女の前に立ち、怒るマキノを軽く手で制す。
「ここは私立YS学園の保健室だよ。屋上でキミが倒れたから、ここに連れて来たんだ。ねぇ、どこから覚えてる?」
トウヤは冷静に、優しくゆっくりと話し掛けた。
少女はトウヤを少しの間見つめていたが、彼には気を許したようだった。
「ん〜っと………」


結局、彼女は屋上での出来事は覚えてなく、それどころか数日前の記憶も曖昧でハッキリと答えられなかった。
私の小宇宙の記憶(コスモメモリー)を開いてみても、ポッカリと空白があり、何も分からずじまい。 
それでも分かった事と言えば、彼女の名前はリンといい、この学園の別棟にある初等部の生徒であること。あの小さな竜は彼女の家に代々伝わる魔具であり、本来の能力は人間の空間転移であると言うこと。血の十字架(クロスブラッド)の存在自体、知らなかったということ。それだけだった。
リンちゃんに私達の経緯を話し、協力してもらうという形で青い水晶(レヴァ)は彼女に返した。
「彼女を操っていた者がいるはず。僕はそいつを調べるよ」
姫井副委員長はそう言い、手掛かりが残っていそうな屋上へ戻った。
タケシ君とマキノさんも、すでに学園から帰り、今わたしは一人図書室にいる。
考え事をするには、この場所が一番。落ち着いて物事を冷静に判断出来る。下校時間も過ぎているせいか、中には誰もいない。
いつものお気に入りの椅子に腰掛け、思考を巡らせる。
リンちゃんは誰に操られていたのか?
始めにマキノさんに血の十字架(クロスブラッド)を奪われた時、彼女も操られていたんだと思う。そして、レヴァの能力で屋上へ移動させた。
本人に聞いても、「気づいたら屋上に居て、手に持っていた血の十字架(クロスブラッド)を奪われた」、と言っていたし。
操られている間は本人の意識が無い。私の小宇宙の記憶(コスモメモリー)と似ている能力だけど、そこだけが違う。それゆえ、本には何も記されていない。
何故、血の十字架(クロスブラッド)を狙うのだろうか?そこが分からない。だけど、それを知っているかもしれない人物がいる。
姫井トウヤ。
彼はあの操る能力について、知っているようだった。
小宇宙の記憶(コスモメモリー)なら、彼の情報を見ることが出来る……」
本を開き、姫井クンのページを探す。数多くページ数はあるが、探し出したい対象の人物を思い浮かべるだけで、自動で開く事が出来る。これも小宇宙の記憶(コスモメモリー)の能力。
見つけた。私が本に目を向けた、その瞬間――――、
「っ!!?」
鈍い衝撃が私を襲う。背後から刀が私の胸を貫いていた。
いや、正確には深緑色の刀が私の体を透き通り、小宇宙の記憶(コスモメモリー)を刺していた。
「……佐藤さん。勝手に人の記憶を見るのは、あまりいい趣味とは言えないよ」
静かに、ゆっくりと、冷やかに、彼は耳元でつぶやいた。
一気に汗が吹き出し、震えが止まらなくなる。
刀が抜かれ、そして消えた。小宇宙の記憶(コスモメモリー)自体には傷一つ無かったが、姫井トウヤに関するページのみが消えていた。
「じゃあね、佐藤さん。もう下校時間は過ぎてるんだから、あまり居残りはよくないよ?」
彼はそう言い残し、図書室から出て行った。
全く動けなかった。恐怖で振り返る事すら出来なかった。
監視されていたんだ。きっと、別れた時からずっと。
文字通り、私は釘を刺された。
自分について調べるな、次は無いぞ、と。
終わりを告げるかのように、学園のチャイムが鳴り響いた――――。






あとがき的な何か。
皆さん、あけましておめでとうございます。
元旦に執筆とかね、もうね、やる事無いのバレバレですよ。
え?ページ数多い?説明口調?キニスンナ。
2ページで終わる予定だったんだが何故か倍に。orz
あと、あとがきがあるとLSっぽいなって何だか思った。個人的に。
そして何だかんだで、あとがきで文字数を増やしていく事実。
この辺にしておこう。うん。あ←これ4000文字目ね。
それでは今年もはりきって執筆していきましょー!
by絶望君