……と声高らかに叫んでいたのは既に数十分前。今は寸分違わぬ位置に仁王立ち……ただし全身血塗れのオプション付である。
どー見ても彼に意識が残っているようには思えない。普通に赤く染まった白目を見せているがなお立っている。
「……交渉とか、話し合いとか……そんな暇がまったくなかったぜ!!」
タケシの叫びは意味も無く部屋に響く。なお血塗れにしたご本人は満足そうに村雨(改)を拭いている。
「あぁ……こーなっちゃったらどうしようも無い……かな?後で僕が話しをしておくからとりあえず魔具を――」
突然トウヤの言葉が中断され、同時にどこかで聞き覚えのある音楽が流れ始める。音源はトウヤのポケット辺りからだ。
よく見るとトウヤの顔が心なしか青ざめているようにも見える。
「ベートーベンの交響曲第五番……日本での通称は『運命』」
ユイの懇切丁寧な解説を横にトウヤが震える手でそっとポケットから取り出したのは携帯電話である。どーみてもケータイだ。
そしてその恐る恐る通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もっ……もしもし……会長。何か…………委員会会議?いえ、そんな話知りませんしそれ委員長が行くものですし…はぁ!?ちょっちょっと待ってください!そんな融通をどーして!…っ!!そっ、それにその…ですね…今自分は事務室に居てとても………え゛っ…はぃ……はぃ……15分で……」
しばしの沈黙が流れる……最近こんな空気が増えた気がするがまぁ気にしないことにしよう。そしてトウヤが浮かべた真っ青な笑顔にはどー見ても死相が出てる。
「ごめんね。用事が出来たみたいだから……とりあえず魔具は持って行って大丈夫だと思うから……じゃ」
最後の言葉と共に風を切るようにしてその場から立ち去っていった。あいつ……本当に大変だなぁ……今更だけど
「……あれ?トウヤ何処行ったの?」
「今頃気付いたのかよ!!」
委員会がある以上当然会議というものはあるが……どうやら会議は終わっているようだ。
「あのー会長?会議はもう終わったんですからもう帰っていいですか?」
「そう言わないでもうちょっとだけ待ってて。せっかく彼を呼んだんだから……とりあえずそこの窓開けてちょうだい。危ないから開けたら窓から離れてね」
「は……はぁ」
会長と呼ばれた彼女は不適な笑みで開かれた窓と時計を交互に見る。
「えーっと後、30秒………10秒前……カウントダウン。5、4、3、2……」
「………うぉぉぉ!!」
突然窓の外から人が現れそのまま会議室へと飛び込んで来た。その勢いたるや砂も無いのに砂埃が舞い上がる――恐らくただの埃だろうが――
「はぁ……はぁ……はぁ……がい゛ぢょう゛……来ましたよ……」
「あらあら、ホントに来たわ。それも時間ぴったり!さすが姫井君ね」
トウヤが文字通り飛び込んでくると会議室内に居た生徒たちがざわめく。だが彼にそんなことに気をまわす余裕など一片たりともない。
「正直……僕、なんだか人間やめた気分です……」
「それはそうでしょう。事務室からここまでどんなに頑張っても貴方の3倍は掛かるものね。まさか本当に15分で来るなんて思って無かったわ」
「………そのことはもうあきらめます……それで委員会は」
「あぁもうあらかたのことは話終わったから。ごめんね〜態々来てもらったのに」
「……んな」
まさしくトドメの一言であった。もはや彼に立ち上がる力など残ってはいないだろう。周りに居た生徒も彼の登場という衝撃的一面を見終えて用は終えたのでみなその場を後にする。
「……まぁ、冗談と余談はさておき……本題入るわよ?」
「何か……わかりましたか?」
先ほどまでの空気とは打って変って急に緊張の張り詰めた空気に変わる。
「貴方たちを襲ったアレは当然といえば当然だけど、やっぱり彼らね………まぁ解ったことなんてその程度。居所はいつものように雲を掴む気分よ」
「やっぱりだめかぁ……規模も居場所も……メンバーすら殆どわかってない……何を相手にしてるのかホント解らないですね」
「この学園という檻が無ければ気付くことすら出来なかったものね。こっちは劣勢のまま膠着状態を続けてなきゃいけないなんて酷よ」
「まぁだからこそタケシ君たちに頑張ってもらっているわけですが……」
深いため息が部屋中に満ちる。魔王復活の予言を盲信する学長の下で動く彼らにとっての最大の問題……それは学長への信頼性などではない。
相手がまるでわからないところである。喩えるなら目隠しでボクシングの試合をさせられているようなものだ。相手が見えないゆえに守ることも攻めることもままならない。
だからこそ彼らは可能な限り相手と対等の位置に立とうとする。だがそれはいまだ叶わない。
「とにかく今は状況がこれ以上悪くならないように――」
「残念トウヤ……状況が悪くなったぞ」
会話に割って入ってきた張本人は扉に寄りかかってトウヤたちを見ている。
「委員長!!それってどういう――」
「聞いたぞトウヤ。事務室からここまで15分だって?何かギネス記録でも狙ってるのか……ってな。とりあえず中庭突っ切る時は少し気を使ってやれ。園芸部、半ベソかいてたぞ?」
「ぅ……話を逸らさないでください。状況が悪くなったって一体……」
「副会長が……奴らに襲われた」
「っ!?そんな鏡守先輩が……!?」
「例の黒いアレにやられててな……そん時運良く近くに居てな。今は保健室で休んでる」
「そうですか……よかった…………ってあれ?」
「今の話じゃまだ何で状況が悪くなったのか言っていないわね……思うに取られたのね……『
「大正解。さっすが会長!一を聞いてってやつだな……っで奴らの手に『
「……タケシ君たちが!!」
あわてて部屋を飛び出すトウヤ。後に残された二人はその背中をただ見守るのみ……
一方タケシたちはトウヤが風のように去った後、事務員の
「あ〜腹減った。まだ早いけど食堂言って晩飯晩飯〜」
「今日は珍しくあんたと同意見。運動したらお腹すいちゃった」
「……二人とも元気ですね」
夕日の差し込む廊下を食堂目指して歩く三人の先に人が一人立っていた。日の光のせいで顔が良く見えない。だがその手には鏡を持っているのだけははっきりとわかる。
そして、それが魔具であると知ったのはそのすぐ後……
「……誰?ってかそれ魔具だよな?」
「なんですって?魔具!?ちょうどいいわ!ついでにその魔具もこのマキノ様がいただくわ!!」
開口一番――というより邂逅一番という言葉を作った方が適切であろう。マキノは何の躊躇いも無く村雨(改)を全力で投げる。
「フェ…ミ…」
「……あれ?」
タケシは一瞬目を疑った。何かつぶやくのが聞こえたかと思うと目の前に居たのは一人だったはずなのにいつの間にか二人に増えている。そしてさらに驚愕的なことが起きる。
ズウゥン!!
重く鈍い音とともに村雨(改)が……押し止められている。
「へっ?」「……ぇ」「どーなんてんだよ!あれ止めたのかよ!?」
だが、それだけには留まらない。今度は止めた村雨(改)をそのままの状態から逆に投げ返して来た……タケシ目掛けて。
「ふぇ?………ぐべらヴぁ!!」
一体意味とかいろいろ解らないうめき声を上げてタケシが吹き飛ぶ。そして数メートル先の床にボロ雑巾のようにたたきつけられる。
それを見たマキノは鋭い眼光で投げ返してきた相手を睨みつける。恐らくこれがはじめてだろう……止まるところを知らない、防ぐことの出来ない村雨(改)を止めたのは……
「誰よあんた!?」
「……春夏秋冬による材料を回収する。」
村雨(改)を止めたそいつは一歩一歩とマキノたちに歩み寄り……そしてそこではじめて3つ目の驚きを目の当たりにする。
「ってってて……あ゛ぁ〜死ぬかと思った……あ、頭がくらくらする。何か俺がもう一人いる気がするし…………俺が……もう……ひとりぃぃぃ!?」