第十七話 風
僕がその場についたとき、すでに二人は相当疲弊していた。
投影されたもう一人の自分。それはまさに鏡のように、能力までも同じ。なぜかマキノさんの方は様子が違うようだけど、あれが彼女のもうひとつ姿なのかもしれない。それでもなんとか紙一重で攻撃を掻い潜り、マキノさんは勝利を収めているようだ。
…だけど、実はこの戦い、勝てば勝つほど消耗する。その瞬間勝利しえたとしても、相手はすぐさま投影され、こちらの体力は戻らない。相手を削ろうともがくほど、こちらが削られる悪循環。
偽物の鏡(フェイクミラー)の特性上、マキノさん一人をコピーして戦うものかと思っていたけど、タケシ君までコピーしているのは意外だった。タケシ君も木刀を手に戦っているけど、まだその特性に慣れてないせいか、おぼつかない様子だ。でもあの木刀なら、本来のタケシ君の力と対峙しても引けをとらないはず。
ユイさんの姿が見えない。一瞬やられてしまったのかと考えたけど、彼女がそう簡単にやられるとは思えない。自分の能力がコピーされるのを避けるため、隠れているんだろう。近くにいるのなら連絡を取りたいところだけど、生憎携帯はここに来る途中、景気よく決まったスライディングで壊れてしまった。彼女はいないものと思って行動した方がよさそうだ…。

窓ガラスを割って廊下内に突入。着地と同時に背を向けた敵の首筋へと、トウヤは草薙の刃を具現させる。もちろんコレで敵を害することはできないが、殺気をのせれば脅しくらいにはなる。が、その考えは甘かった。敵は何事もないように偽物の鏡を発動し続けている。せっかくの派手な登場も、この背中に一瞬の隙も生み出せてはいなかった。
「それを返してもらおう。」
鉄をも凍る冷酷さで一言、告げる。貴様に選択の余地はないと。
「…ん〜ソレ(・・)はあまり賢明な判断とは言えないよ、少年?」
黒いコートがニヤリと歪む。自らは汝よりも優位であると。
それを証明するように、ポケットから出された右手。白い手袋をしたそれが水平に構えられる。
「…こうして黄昏に在ると、昔を思い出すねぇ〜。」
「くっ。」
自分のものなど比較にならない、冷たく纏わり付くような冷気にあてられ、後ずさるトウヤ。そんなトウヤをしりめに、窓から空を見上げる黒コート。
「…さぁ、夜は長いよ。」
そう言って離れた壁にふわりとかざされた右手。瞬間、手品のように壁が崩壊し、外の冷たい空気が吹き込んでくる。
「…ボクはあんまり狭いところは好きじゃなくてねぇ。少し広くさせてもらったよ。」
「ずいぶんお喋りですね。」
「…夜は心躍る。ましてや、満月となればねぇ。…ん〜感じるかい?満月の夜、魔具(これ)がもっとも活発化するみたいだよ。」
月の光を受け恍惚となる黒コート。
男の放つ言葉に、身構えつつも興味をそそられるトウヤ。
眼前の二人を苦しめている元凶を、黒い背中はその左手の人差し指の上で、クルクルと回転させる。
「…しかしこの能力(ミラー)はあれだねぇ〜。」
回り回る鏡面が、光を反射するたび、それに合わせ二体の投影も、明滅する。
「…不快極まるよ。」

――パチンッ

そう言うやいなや、闇に踊っていた偽物の鏡(フェイクミラー)は、その手中で眠りへとつく。
「たたかいに身を置く者は、己との闘いに打ち勝ち、相手へと向き合い、すべてを賭すことを。その身の終わりまでもを覚悟しているものだ…。互いの命を賭けて臨む、削り合い、喰らい合う。そんな場に、虚像ごときを差し向けるとは…なんと無粋、なんと不快。そうは思わんかね?」
吐き捨てるように両腕を仰ぐ黒コート。トウヤは何も応えない。そのかわり、さきほどまであったひんやり威圧感が、急激に熱を帯びていくのを感じていた。
「――よくもやってくれたわねっ!!」
鏡の呪縛から開放された勢いをそのままに、マキノが突っ込む。
「疲れているときは、休んだほうがいい。」
それをさらりと避ける、少し寂しそうな背中。ロケットの如く通り過ぎる少女。すれ違い様に、後頭部―延髄へと、手刀。
「っ!?」
不運な王子様は、流れ弾のようなロケットガールを、その胸元へと預かるかたちになった。
ガールミーツボーイ。
大きく後方に吹き飛ぶ。
「…さて」
タケシへと注意を戻す男。が、いない。
「うぉおっ!」
マキノの一件を利用して、タケシは黒い背中を捉えていた。
振り下ろさせる一閃。
「〜♪」
嬉々として受け止める両手。勢いを殺す手袋が火花を散らす。
「いいねぇ〜うんいいよぉ〜。正解だ少年。」
至極御満悦の黒コート。さしずめ背面ムーンサルト、相手の得物を後ろ脚に蹴り上げ、自分はそのまま距離をとる。
コッチ(・・・)が、表。」
表が裏で、裏が表。自分の正面はこちら側だと背中を指差す。いま彼の顔をみることができたなら、大きな三日月を拝めるだろう。
「さぁ、ここからが本番だよ。」

「大丈夫ですか?」
本を閉じるような音と共に降ってくる、不安そうな声。
気づけば、受け止めたはずのマキノさんは、ユイさんに抱きかかえられていた。
「ぁ、うん、僕は大丈夫。…マキノさんは?」
「大丈夫、気絶しているだけです。」
「そう…ならよかった。」
マキノさんは無事か。タケシ君にも、さきほどからの疲れが見られない。いや、むしろいつも以上に元気なようにみえる。ユイさんがなにかしたのかもしれない。これなら、いける。
「待って下さい。」
加勢に向かおうと立ち上がる。が、呼び止められる。
「?」
「あのヒト、敵じゃありません」
「―は?」

「…それじゃあ、これは返すよ。」
精根尽き果て、気を失ったタケシの手に偽物の鏡を握らせる黒コート。
「…そうそう、」
一旦言葉を切り、後方に声を飛ばす。
「…これを持っていた奴
・・・・・・・・・
は、食堂にいるから。…それじゃあ、楽しい夜をありがとう〜。」
そう言って後ろ手に白い手袋をひらひら。それが合図といわんばかりに、男の姿が掻き消える。それをただ見送るトウヤとユイ。
トウヤは少し悔しさを含みながらも諦め顔。
ユイは困ったような、はにかんだような、複雑な顔をしている。
「…いっちゃったね」
「そうだね…」
戦跡、マキノの能天気ないびきが響いていた。


その後の早朝、食堂の隅でそいつは見つかった。
特殊なワイヤーのようなもので、全身雁字搦めにされ、おまけの猿ぐつわ。解くのもやっとといったところで、なんだか見ているこっちがかわいそうになってしまった。よほど恐ろしいめにあったのか、目覚めたあとしばらくは、ガタガタと震え、何かをうわ言のように呟き、何者も受けつけなかった。ようやく落ち着くと、自分の状況がわかったらしく、脱走。のち、再び拘束。次はどうやって逃げるのかと身構えていた矢先、こちらの聞きたいことを尋ねたら、諦めたように話し始めた。はりきって拷問の準備までしていたんだけど…。
 今回わかったことは、彼が所属しているという組織 “ラグド商会”。そしてその目的。
また、彼の潜入から一日過ぎても連絡が入らなかった場合、別の部隊が行動を開始するということだ。

“ラグド商会”
魔具とそれを受継ぐ家系が魔殺しの歴史を持つように、魔の力を軍事産業へと転用しようとした歴史を持つのが、ラグド商会だ。手段を選ばず卑劣、そして強欲。元はとある城下町の小さな商会だったらしいが、資本主義の台頭以降、特にいい噂は聞かない。今回の一連の襲撃は、彼らがつくったという、魔具そのものを回収するのが目的だったようだ。が、まだその先に裏がありそうだ…。

しかし、魔を打ち滅ぼそうと得た武器は、実は魔そのものから出来ていたなんて…皮肉な話だね。
それと気になったのは、黒衣の乱入者―黒コートの男…。
小宇宙の記憶(コスモメモリー)で侵入者聴取の裏をとった際、ついでにとユイさんに聞いたが、彼は無関係とはにかむばかり。結局、彼が何者なのかも、彼女が見たであろう記憶(ページ)も、見せてもらうことはできなかった。ただ、怪しい様子はなく、彼女も始終困ったような顔をしていた。たぶん本当に関係のない、ただの乱入だったのだろう。ほんと、はた迷惑な話だ。




――そして、そいつらがやってきたのは、ちょうど二日後。風の強く吹く夕暮れだった。


あとがき

遅くなってごめんなさい。
でも時間をかけた分だけ、久しぶりにいいものが書けました。
次は1週間であげます。このクオリティで、上げます!
一人称の部分、前後で多少性格が変わっているのは作者の力量不足です。
戦闘シーン等、わかりにくい箇所が多々あると思いますが、作者の力量不足です。
以後、精進して参ります。はい、参ります!

はいはいはい〜、
まさかの"知ってるひとは知っている"あのひと登場でどうなることかと、筆者もドキドキいたしましたが、なんとか無事乗り切ることができました。当初こんなことになるとは想像もしてませんでしたが、何故か出て来てしまいました汗。先陣切ってつうわけじゃねぇですけど、皆さんも思いついたらじゃんじゃん出しちゃえばいいと思いますですよ!
ただし、今回みたいにメインで書くのはNG。長々と馬鹿みたいにあとがき書くのもNG。気づかないくらいちょこっと出すのが、オツだと思います。

情熱と勢いのままに書き、冷静かつ大胆に仕上げる。それが、LSですよね〜笑。


ではでは、また次回。
by図書神