タケシが商会の構成員の襲撃を受けている同時刻。
ユイは一人、図書室で小宇宙の記憶を片手に外を見下ろしていた。
「・・・来ましたか」
ユイは二階にある図書室の窓から、手馴れた動きで校舎の柱と柱を縫うように動く人影を注視する。その複数の影はあきらかにこちらに向かっているようであり、小宇宙の記憶の力を使わずとも影の目的は自分だと理解する。
「さて、と」
窓から離れ、ユイは携帯電話を開くが携帯は圏外としか表示されない。
「魔より恐ろしきは欲、なのでしょうか?」
携帯電話を閉じ、軽くため息をつくユイ。
直後、図書室の扉が乱暴に開かれた。
第十九話 嘘と虚
乱入者は入るや否や、窓際にいたユイを包囲するように散開する。拳銃を構え、等間隔で自分を囲む相手にユイは内心感心した。
(この人たちは、魔具の所有者相手の戦い方を知っている)
魔具を持つ者の戦いにおいては、間合いは非常に重要である。特に、小宇宙の記憶のような発動にある程度の制限がある魔具は距離をとらなければその能力を生かしきれないのである。ユイも、すぐに小宇宙の記憶に書き込めるように距離をとろうとするが、その分相手も距離を詰め、隙を作らせまいと迫る。
(大体・・・・・・7人という所ですか)
追い詰められている状況で、ユイは自身を狙う殺気の本数を数え敵の数を把握する。
ユイと乱入者の間に走る、冷たい殺気の交錯。わずかな時間が、2倍にも3倍にも感じられる気分だった。
「下がれ」
乱入者の一人が他の乱入者に指示をだす。直後、包囲が緩み、代わりに長身の男がユイの前に立った。
「私はラグド商会の戦闘部隊長、洞原徹。佐藤ユイ君、君の魔具を回収しに来た」
男はそう名乗り、堂々とユイの前に立つ。ユイももう距離を置こうとはしなかった。
「ずいぶんと礼儀正しいのですね?」
「君がおとなしく魔具を渡してくれれば、だがな」
その一言を聞き、思わず笑みがこぼれるユイ。
「ずいぶんと余裕があるようだが」
「いえいえ、気にしないでください。・・・それはそうと洞原さん、ですか。一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「・・・・・・?」
ユイの真意を計りかねたのか、僅かに首をかしげる洞原。
「あなた方は魔具を回収して、その後どうするつもりなのですか?」
「無論、魔具の戦術利用だ。使い方によっては、たった1つの魔具で世界の軍事バランスは崩壊する。」
(確かにですね)
と、ユイは小宇宙の記憶を見て内心思う。
「さらに言えば、魔具を我々が独占すれば世界は我々ラグド商会のものとなりうるだろうな・・・さて、君に話せるのはここまでだ」
瞬間、図書室に殺気が満ちる。
「選べ。今殺されるか、魔具を渡して生き延び・・・」
「はい、どうぞ」
と、無造作に小宇宙の記憶を投げ捨てるユイ。小宇宙の記憶は洞原の頭上を越え、彼の背後にいる部下の足元に落ちる。
「抵抗してもおそらく無駄でしょうから」
「賢明な判断だ。・・・だが」
一瞬の後、洞原とその部下たちは一斉にユイに向けて拳銃を構える。
「私を生かしてはおかない、でしょう?」
「正解だ、魔具の適格者は一人でも少ないほうがいい。魔具と世界は我々の物だ」
次々と引き金が引かれ、発砲音が図書室に響いた。ユイの制服に次々と穴が開き、華奢な肢体が紅に染まっていく。最後の銃声と同時に額に風穴が開き、もはや紅い人形にしか見えない体がその場に崩れ落ちる。
「案外あっけないものだ」
目の前の惨状を見ながら、洞原は一人ごちる。
「まあいい、魔具の回収を」
洞原がそう振り向いた瞬間―――彼は絶句した。
自分の部下の体に次々と穴が開いてゆき、倒れていく。先ほどのユイのように。
「!?」
予想外の―――否、あまりにも常軌を逸脱している目の前の現象に、反射的にその場を飛びのく。しかし。
「か・・・は・・・?」
腹部が貫かれたような痛みが走り、同時に喉と胃に血が満ちていく。慌てて戦闘服をたくし上げると、鳩尾辺りに丁度自分の使う拳銃の口径と同じほどの穴が開いていた。
「何が、何が起こっている・・・まさか!?」
ユイの死体に向き直ろうとした瞬間、額に穴が開き、そのまま洞原徹は事切れた。
「あなたの言うとおりですよ、洞原さん」
事切れた洞原を見下ろしつつ、ユイはそうつぶやいた。
「確かに魔具はこの世界そのものすら支配できるかもしれない。だからこそ、マキノさんのように何も考えなく使う人が持つべきなのですよ」
と、カバンから開き放しの本を取り出す。
巨視的な小宇宙。
具象を捻じ曲げ結果を操る能力を持つ第2の本型魔具。
ユイはこの魔具の力を利用し、あらかじめ「私が受けた傷は相手に移る」と書き込むことで銃弾を受けた結果を相手に移し変えたのである。
魔具共通の制約上小宇宙の記憶とは併用ができない。そこで、ユイは初め小宇宙の記憶を相手に見せ付けることで自分が魔具を一つしか持ってないように見せかけ、さらに小宇宙の記憶を捨てることで油断させ、攻撃を誘ったのである。
「・・・先に仕掛けたのはあなた達ですから、恨みっこなしですよ?」
投げっぱなしの小宇宙の記憶を拾ったユイはそう言い残し、鮮血に染まった図書室を後にした。
「・・・・・・・・・・・・血の匂い?」
青龍棟の裏手。
久しぶりに先輩に会いたくてやってきたものの、迷って困っていた少女は不穏な空気を感じ取った。持っていた青い水晶をいじり、辺りを不安げに見渡す。
「どうしよう、レヴァ?」
問いに答えるかのように青く煌く水晶。校舎は夕日で橙色に染まりつつあるが、水晶の色は一点の揺らぎもない。
「そうだね、もう少し探そうか」
その声と同時に水晶は小型のドラゴンに変化し、少女と一匹は校舎に消えていった。
byキング