「タケシがどこにもいない?」
昼休みの喧騒の中、マキノはいぶかしげにつぶやく。
授業が終わっても帰ってこないタケシを何人かで探してみたが、あのトイレに行ったきり行方が分からなくなっていた。
「そう。他の教室からトイレの全個室までくまなく探してみたけど」
「…プラス、死体を隠せそうなところも全て…ね」
あちこちを回っていたトウヤとサクが報告する。
「あーもう!なんだってんで、あいつは他人に迷惑しかかけないのよ!」
この瞬間、教室内の全員が
「お前が言うな」
と思ったが、マキノが怖いので黙っておくクラスメイト達であった。
それらを尻目にトウヤは、そそくさと教室を出ようとする。
「?どこに行くのよトウヤ」
「決まっているさ」
トウヤは、出来れば避けたいといいたげな微妙な表情で返事する。
「情報の達人に会いに、ね」
第二十四話 現れた陰
その頃ユイはいつもの図書室ではなく、校舎屋上で一人小宇宙の記憶(コスモメモリー)を読み耽っていた。
(魔王復活の前兆の証、偽陰……)
ここ数日間で入手した情報の成果か、今まで漆黒に塗りつぶされていた魔王の情報がちょっとずつ開放されていたのだ。
この機会を逃すまいと、ユイはこの日の授業を全てサボりずっと情報を集めていた。
(何回か私達を襲撃してきたのは、やはり強力な魔具と使い手を狙っての事ですか)
以前にユイ達を襲ったスライム状の生命体は、偽陰と呼ばれる、魔王の意思が中途半端に具現化した存在らしい。詳しくは読み取れないが、その魔王の意思とやらがユイ達を狙うとはよほど魔具の存在を恐れているようである……。
(…あれ?)
と、ユイはふとある事を思い出す。
前にタケシの情報を探ったときに知った、血の十字架の情報。
血の十字架(クロスブラッド)は、ただの魔具探知用の魔具ではない。魔王が人間の作った魔具に対抗する為に、魔王自身が唯一作った魔具破壊の能力を持つ魔具】
そして、
【十字架の赤い宝石には、魔王の血と大量の魔力が封じ込められている】
瞬間。
「うぅわああああっあぁぁあああぁぁあぁぁっ!!」
叫ばずには居られなかった。普段のユイを知る者が聞いたら、まず驚くであろう絶叫をユイはあげざるを得なかった。
(偽陰は今まで私達を狙うことはあっても、決してタケシ君だけは襲おうとはしなかった!過去の情報からすれば、それは偶然なんてものでは片付けられない!)
魔王の意思とやらが魔具を狙うとすれば、当然のごとくタケシも対象にされたはずである。
ところが、タケシの過去や偽陰の行動パターンを分析すると、偽陰はタケシの事を狙っていた形跡がまったく無いのである。
ユイやトウヤのような、強力な魔具を有する人間が優先して襲われるのは理解できる。が、タケシの血の十字架もユイの知る限り魔具の中でも十分優秀な分類に入るはずである。
それが所有者共々全く狙われないとなると………
(血の十字架はもはや魔具ですらない!きっと・・・きっと血の十字架は魔王復活の重要なパーツなんだ!だから、あれらは使い手も狙わなかった、使い手も何らかの形で利用するために!)
こうしてはいられない。
早くこの情報を、可能な限りみんなに伝えなければならない。
確固たる決意を胸に、ユイはトウヤたちの教室に向かおうと屋上の出口へ向かう。
が、

「魔具ヲ破壊スル」

強烈な殺気を感じたユイはその場を飛びのいた。
次の瞬間にはコンクリートの床が爆ぜ、先ほどまでユイが立っていた場所を深く抉る。
「っ・・・・・・ぐあっ・・・・・・!」
不可思議の攻撃をユイはかろうじて避けたが、弾けたコンクリート片がユイの脇腹を擦り、
右の眼球を傷つける。
二回、三回と屋上の床を転がり、ユイが目にしたモノとは。

「タダ・・・破壊スルノミ」

皮膚が汚されたように赤黒く染まり、

目が虚ろで、

手は力なくぶら下がるようにしており、

胸元に下げられた十字架状の魔具だけが異常な生気を持っている。

タケシだった。

「おおおおおおおおあああああああ――――っっっ!!」
瞬間、ユイの思考は弾けた。
もはや自分の怪我など、状況など、相手の実力など知ったことではない。
許せなかった。
このような事態を引き起こした元凶と、その引き金になった魔具と、何よりもその情報をまるで生かせなかった自分自身が。
掌の皮膚を突き破るまで拳を握り締め、もはやタケシかどうか分からないモノに飛び掛るユイ。
しかし、拳が届く直前、

「破壊」

その一言が引き金になったかのごとく、ユイとの間の空間が歪み、弾ける。
至近距離でその衝撃を受けたユイの身体は吹き飛ばされ、フェンスを越え、その先の何も無い空間へと落下していった。少したつと、下から大きい水音と水しぶきが飛んできた。どうやら、下のプールに落下したようである。
そのような状況下でも、タケシの体をもつそれは何もアクションを起こさなかった。
ただ、一言を残し。

「タダ…滅ボシ破壊スルノミ」

破壊したか不確定な対象を完全に破壊すべく、彼は屋上を後にする。
byキング