「それが貴方の書いたシナリオですか……だからあの日僕に血の十字架を渡さず、タケシ君に……」
「あぁその通りだ。君は『破壊者』に選ばれなかったからね」
春夏秋冬 神の考え作り上げたシナリオ。そしてそのシナリオにそってかけている自分たち……
「さて、君はどう動く?私の書いたシナリオを知った上で……」
「……ここは大人しく帰ります。失礼しました」
結局トウヤは事を起こすこともなく部屋を後にする。春夏秋冬も一緒にいた会長もそれを止めることなく見送る。
「これでよろしいのですか?おそらく……」
「いいのだよ珠姫君。それもすべて私のシナリオに過ぎない。おっと、君の場合心配しているところが少し違うな。まったく君は弟思いだね」
「っ!……何の話を……されているのですか?」
「おっとこれは失言だった。すまないな……」
トウヤが去った後くっくっくっと春夏秋冬の笑い声が静かに響く。
第二十六話 王を断つ刃は隠者とともに
「あー……うー……?」
とても気が抜けた……などという範疇を越えたまさに魂の抜けた抜け殻の状態で発せられる声だ。
声の主であるタケシはそんな色々抜け落ちた声を出しながら必死に記憶をたどっている。
(たしか……血の十字架が発動してそれを隠すためにとりあえずトイレに駆け込んで……えーっとそれから……)
そこから先の記憶が丸々ない。っというよりも、そこから今に至る原因がまるでない。つまりあれだ。何故自分がミイラになって保健室のベッドで寝込んでいるかだ。
必死で思い出していると……何故かマキノにボコボコに――というか撲殺――される悪夢が蘇る。思い出すだけで血の気が逃げる。アレは本当に悪夢だったのか?
って言うかせめて悪夢であって欲しい。あれが現実だなんて信じたく……もう考えるのはやめよう。
とりあえず起き上がって今現在の状況を知る必要があるだろう。どーやら保健室は誰もいないようだし。
「い゛で……い゛ででで!」
体が滅茶苦茶痛い。まぁミイラになるくらいの状態で起き上がろうという思考がそもそもおかしいのだがそこまで頭は回らない。
だがまぁ、意外と何とかなるようでとりあえず立ち上がることが出来た。痛みにも慣れてきてしまったのか、痛みがだいぶ和らいだように感じた。
そして、起き上がってはじめて気が付く。自分の胸に血の十字架が掛かっていることに
「……こいつのせいでなんか色々起きてる気がするんだよなぁ」
タケシは血の十字架に恐怖を感じるようになった。今ここでこれを捨てる。そんな選択肢が頭によぎり……そして手が自然と血の十字架に近づく……その時扉が開き、誰かが中に入ってきた。
「……あっタケシ君。目を覚ましたんだね」
「おっトウヤ」
そこに立っていたのはトウヤだった。だが……何故だろう?そこに居るのはいつもと変わらないトウヤのはずなのに……何処か違和感を覚える。何が変わったわけでもないのに……
「あんなに壮絶な状態から良く……ってまぁよくよく考えるといつものことの延長線上って考えれば普通なのかなぁ?とにかく元気そうでなによりだ。うんうん」
「えっ……えっ……えぇ!?まじであれ悪夢とかじゃなくてマジ!?そんな事実聞きたくなかったー!」
悪夢が現実であったことに過ぎ去った後に恐れ、痛みが帰ってきたのか悶絶を始める。
「あーやっぱり大丈夫そーじゃないなぁ……でもまぁ問題ないか。タケシ君ちょっと話があるんだ」
「ぎゃー!ぎゃー!…………へっ?話?」
「そそ。ここでするのもアレだから場所を移そう。あぁ後、もう包帯は外してもいいと思うよ」
「おっ……おぉ……?」
タケシは言われるがまま包帯を外しトウヤの後を追う。どうやら血の十字架の能力であの現実に起きた悪夢の爪痕が綺麗さっぱりなくなっている。
トウヤの後をついて行くときにも何処か違和感を感じる。しかも今度はトウヤにだけではない。周りからも同じ違和感を感じる。
夕暮れ時……多分下校時刻だと思うのに誰もいない……いや、この表現も違う。むしろそう……誰もいないのに誰かがいる感じ。そんな奇妙な違和感。
色々不思議な感覚の中にいながらも今はとりあえずトウヤを追う。そして、たどり着いた先は学校の校庭だった。
「なぁトウヤ……校庭まで来たけちまったけど……話って何なんだ?」
「あーちょっとだけ待って。すぐ終わるから」
トウヤに声をかけると。何時の間にか校舎と校庭を分ける段差に座って本を読んでいる。人をここまで連れ出しといてなに本なんか……
「……あれ?その本小宇宙の記憶じゃ……」
「あぁ必要だったからちょっと借りたんだ……よし、問題なし」
トウヤはそう言うがはっきり言っておかしい。彼女がそんな簡単にあれを貸すとは思えない。第一トウヤあれ今まで持ってたか……?
そんなタケシの疑問を尻目にトウヤは小宇宙の記憶をその場において段差から飛び降り校庭へと降り立つ。
「おいトウヤ。借り物をそんなぞんざいに扱って良い……って……え?」
度々襲う違和感は事象を重ねるほどにわかりやすい物となっていく。立った今トウヤがおいたはずの小宇宙の記憶が何処にもない。改めて回りを見渡せばおかしいことだらけだ。
今は夕暮れ時。喩え下校時刻が過ぎているにしても部活くらいやっているはずだ……なのに誰一人校庭にはいない……いやさっきと同じだ。誰もいない筈なのに誰かがいる気配がする。
「……ごめんね。本当はこんなことするつもりなんてない。予定なんてなかったはずなのに」
再びトウヤを見ると今度は鏡を持っていた。しかもあれは確か偽物の鏡って名前の魔具だったはず。そんなことを思い出している間にも物事は加速度的に進んでいく。
偽物の鏡が一瞬光を放った後、トウヤが二人になった。どうやら俺たちが前にコピーされた時と違って鏡自体がトウヤになったようだ。
さらに、コピーによって増えたトウヤの手には自分が始めて血の十字架の能力を発動した時に塵にしてしまった木刀を握っている。そして本物のトウヤの手には草薙の剣が握られている。
そこまで来て、違和感が何か別のものへと変わる。それに呼応したかのように血の十字架の能力が発動する。
「っ!?おっおいトウヤ!一体これは何のつもりだよ!?」
「残念だけど……見ての通りだよ。これから僕は……タケシ君。君を倒す」
「なっなにを馬鹿なことを言って……つっ!」
"――魔具ヲ破壊セヨ――"
またあの声。脳裏に焼きつくように響く声。また意識が遠くなりそうになるがそれを堪えてトウヤを見る。トウヤといえばそんな自分を見てなのか、辛そうな顔でこっちを見ている。
「ごめんねタケシ君……もし僕がもっと早く知っていたらこんなことにはさせなかった。あらゆる手段を使って可能性を見出すはずだった……でも」
顔を伏せながら強く草薙の剣を強く握り締める。沈痛な声でタケシに言い放つ。
「もう……やり方……選べなくなったんだ」
気が付くとコピーのトウヤが木刀をその場で大きく振りかぶってから思いっきり振り下ろした。すると切っ先から砂埃と衝撃が竜巻のごとく渦巻きながらタケシ目掛けて一直線に飛び込んでくる。
「なっ!ちょっ!ぐべぇ!!」
衝撃をギリギリのところで避けたはずなのにそのまま勢い良く吹き飛び校庭の真ん中の方に放り出された。
「がふ……げふげふ……一体なんだってんだよ……」
「あぁ……そーいえばタケシ君この魔具について知らなかったね。これは巨人の一撃って言って使用者の筋力とそれによって発生した破壊力を爆発的に上昇させる魔具。まさしく巨人の放つ一撃っというわけ。っと言っても君――血の十字架が一度完全に破壊しちゃったね。本来の能力の半分あれば良いほうなんだけど」
トウヤは淡々と魔具の説明をし、コピーが続けざまに衝撃波を打ち出す。タケシは必死に攻撃をかわしながら恐怖し、必死になって考えている。巨人の一撃の攻撃にではなく、そのあるはずの無い現象に対して……
「っ!!……くそ!なんなんだよ!?どーなんてんだよ!?どーして……魔具を何個も使えんだよ!?」
そう。それはあるはずの無い現象。違和感の最たるもの。魔具は一人に一つしか扱えないというルールを完全に無視した非現実的現実。たとえばユイがそうだが、彼女は小宇宙の記憶と巨視的な小宇宙の二つの魔具を使っている。だがそれでも、あくまで片方の使用を止めもう片方を使っているに過ぎない。今ある現象はまるで違う。一人の人が一度に複数の魔具を行使している。
「あぁ……そのことか。まぁ確かに普通はこんなことありえないだろう。現に今僕は偽物の鏡と巨人の一撃、そして草薙の剣を一度に使っている。こんなことあるはずが無い。今いるこの空間を除けば……ね」
「なっ、なにいってんだよ!?」
「ここは魔具隠者の効果の中。隠者の力はずばり隠れること。使用者の力次第でありとあらゆるものから隠れられる。他人の視界から、時間、空間……何より法則から……一度隠れてしまえば隠れた対象からの干渉は受けることが無い。因みに今は空間と法則から隠れているんだ。だから同じ校庭でもこちらからも向こう側からも見ることも触ることも出来ない。あるはずの無い魔具の同時使用も可能となる。そーゆー力なんだよ」
(とは言っても、実際そんな反則じみた使い方、そうそう簡単にできることじゃないんだけどね)
何を言っているのか全然理解できない!そもそもこの状況にどんな説明を加えようとも受け入れられる気がしなかった。その最たる原因……何故あいつが俺を襲うのか?
あいつのことは無いなり知ってるつもりだ。少なくとも理由も無くこんなことするはず絶対にない!そう断言できる。
(なら理由がある……?俺をこんな風に追い込む理由が……あいつにはある……?)
"――魔具ヲ破壊セヨ―――"
脳裏に過った疑問は頭の中で響く声にかき消されている。だが、それが解った時は既にタケシの意識は遥か遠くへと遠のいた後だった。
タケシの全身はより赤く……より深く染まり、周囲に異様な重圧感を与える。それを見据えるトウヤ。この時を待っていた……だが同時にこうならない事を願っていた。
「魔具ヲ壊ス……」
「さぁ……ここからが本番だ。覚悟しろ血の十字架……今、再起不能になるまで粉々に消し飛ばしてやる!」
想いを込めた言葉とともにトウヤが草薙の剣を手にタケシに全力で斬りかかる。だが、タケシはそれを真っ向から受け止める。草薙の剣は本来魔具の能力で生み出された事象のみを斬り、それ以外は触れることすら出来ない刃だが、今タケシはその刃を手で受け止めている。そして、血の十字架も触れたものを分解するにも関らず草薙の剣は今なおその形をとどめ、そこに存在する。
「……予想通りいくら血の十字架といえど、結局その力もあくまで魔具の力。互いの能力通しが作用して相殺するようだ」
片や刃で、片や素手で鍔迫り合いをしている。能力だけでなく、二人の力も拮抗している為状況が動くことは無い。その状況を動かすのはコピーのトウヤの一撃だ。
その結果、二人は鍔迫り合いをしては距離を取りそしてまた鍔迫り合いを繰り返す。互いの能力も体力も削り合いながら何度も何度も斬り交わす。
「っはぁはぁ……やっぱり草薙のままじゃただの削り合い……となると勝つには鞘を……」
ボソボソと独り言を呟きながら斬り交わし、耐え続ける。必ず来るであろうチャンスをまって……
そんな斬り交わしが10分ほど続くと互いに疲労の色が見えてきた。トウヤだけでなくタケシの方にも……。喩え血の十字架の力を得ているとはいえ、基は人であるタケシなのだ。当然限界が来る。そしてそれこそがトウヤの待っていたチャンス。疲労から来る一瞬の隙。その一瞬のために……
「魔具ヲ壊……ッ!?」
(ここだ!)
待ちに待った瞬間。今までの戦いでタケシの体が動かなくなるその一瞬。トウヤはタケシとの間合いを限界まで開ける。開いた間合いは巨人の一撃によって産み出された衝撃波で埋め尽くされる。攻めのチャンスにあえて守りに入る。だが、これこそ必要な手順。これから行う布石への……
「目覚めろ。刃を鞘とし、眠れる刃。古の契約の血を食らいて」
呪文めいた言葉を囁いた後、左手で草薙の剣の刃を握り締める。触れることすら出来ない刃によって切れた手から血が流れ、その血が深緑色の刃を染めていく。赤黒い血の色が刃を深く……深く染めていく。
「契約に従い、王を断つ刃となれ。血の十字架……」
赤黒く血塗られた刃はかの血の十字架と同じ名を持つ剣。それを手にするトウヤは真っ直ぐタケシを……血の十字架を見据えている。
今ここで、奴を斬らねば……血の十字架を破壊しなければ本当にタケシ君は本当に死んでしまうだろう。春夏秋冬のシナリオ通りに……
それだけは阻止しなければならない。絶対に阻止しなくちゃいけない。
「どうですか?オリジナルの血の十字架……この剣はお前を……魔王を斬るためだけに産み出された現存する最強の魔具だ」
「魔具ヲ……愚カ……ソノヨウナ紛イ物デナニガデキルモノカ」
今まで同じ言葉のみを機械的に発していた血の十字架と始めて会話が成立した瞬間だ。だが、そこに驚愕もなにも沸いては来ない。
何が起きようとも受け入れられる。それが今、自分が対峙している相手なのだから。
「確かにこれはお前の紛い物だ。だけどそんなことは関係ない!これでお前を消し飛ばしてタケシ君を助ける。僕のやることはそれだけだ」
あとがき
気が付けば……書いた量がハンパ無い……少しは自重すべきかなぁ……っと
ってことで今回はわりと長い。長い。でもまだ書くことあった。でもやっぱり自重した。
うん。頑張った!頑張ったぞ!自分w
きっと物語りはクライマックスになる!……はず
byハガル・ニイド