AS学園の授業は長い。
隔離された大地では本土と知識の差が開かぬようにと過密なスケジュールが組まれ、これまでの授業に慣れていた生徒達を苦しめていた。
学園の外では復興工事が続いており、コンクリートを砕く音や大型のトラックが走り抜ける音は仮設されたプレハブ校舎の壁を容易く貫通する。
その騒音は生徒の居眠りすら許さず、全ての授業の終わるころには疲れきった生徒の殆どは帰宅の徒につく。
 部活動の再開も無く、教師以外で学園に残るのは勉強する生徒か、友達と愚痴を言い合うかする生徒ぐらいなものである。
そんな帰宅する同級生らをよそに、ケンジ達は教室で雑談で盛り上がっていた。
「だからよ、明日の休みはパァーっとやろうぜ。Y区の繁華街の方も結構復興が進んだって言うしよ」
と、トシオは繁華街再開のチラシを二人に見せる。
「俺はいいんだが、チヅルはどうする?」
「私も大丈夫。それにしても、道路とか優先して直したり建てたりする物が結構あるのに、真っ先に繁華街から立ち直るのはどうなのでしょう・・・?」
「ああ?そりゃあ、楽しみがなきゃ人間腐っちまうからだろう?」
「なるほど、わからん」
ケンジは素っ気無く返事し、自分の鞄を持って立ち上がる。
帰ろうとするケンジを見て、チヅルも慌てて立ち上がった。
「お、もう帰るのか?」
「ああ、宿題も早く消化したい。どうせ遊ぶなら、一日中たっぷりと楽しみたいしな」
「さいで・・・俺は少し遊んでから帰るわ」
お前も宿題が有るだろうが、とケンジは心の中で毒づき、鞄の紐を肩にかける。
「じゃあ明日、九時に家に集合な」
「おうよー」
「それじゃあトシオ君、また明日」
軽く打ち合わせをして、ケンジとチヅルは教室を後にする。
教室を照らす夕日が沈み始め、復興の音が止まぬ大地に夜が訪れる。
それは、深い闇の中に潜む住人たちが動き始める合図でもあった。
第二話 災厄の胎動
そこは、かつてアメリカ軍の駐留していた、とある基地であった。
先の隕石の事件から、アメリカ軍は関東地方に展開していた部隊を全て撤退させ、本国や他のキャンプに分散させており今は無人の建物となっている。
その誰もいないはずの基地の闇の中、それは胎動していた。
「・・・こちらで確保した『ホルダー』の育成は順調。何人かは、明日に選定ができそうね」
長机にある資料を見ながら、赤い髪の毛をポニーテールにした少女は目の前の椅子に座る、黒髪の少年に報告する。
報告を聞いた少年は、血のように赤い眼を少女に向ける。
「ご苦労だったなユナ。物になりそうなのは?」
ユナ、と呼ばれた少女は、少年の質問に肩をすくめて笑う。
「そんなの、実際に暴れさせないとわからないわよ。能力の限界や細かい特性なんかは、実戦でないと詳しく測れないからね」
それを聞いた少年は面倒臭そうに頭を掻いた。
「面倒は嫌いなんだがなぁ・・・」
「あはは。しょうがないよ、レオ」
レオ、と呼ばれた少年は机に並べられた報告書を手に取り、軽く目を通す。
「お前も見ておくか、ゼノン」
レオは隣で高級そうなカップに注がれた紅茶に口を付けている少年・・・ゼノンに声をかける。
「下らん、使い捨ての連中など興味も無い」
ゼノンはレオに見向きもせず、報告書にも興味無さげに紅茶を飲む。
「まあいい。使える使えないのどちらにしろ、こいつらは派手に暴れさせることに意義があるものだ・・・あいつらを引きずり出す為にもな」
「『天使』ね」
ユナが忌々しそうに相槌をうつ。
「あの政府の飼い犬共は重要な作戦にしか顔を出してこない。こちらから仕掛けるにも、あの大地の壁が障害になる」
「なら、こちらから呼べばいいさ。餌を撒いて、な」
机の上の書類を指で弾き、にやりとレオは笑う。
「政府にとっては『ホルダー』の存在は毒にも薬にもなる・・・だがそれも、コントロール出来る事が前提での話だ。『ホルダー』を野放しにしては、いつ寝首を掻かれるかも分からないのだからな」
「かといって、あの老人共に首輪を着けられるのはあまり趣味じゃあないからね」
「『天使』共を排除すれば、政府と交渉できる可能性も出てくる。そうすれば・・・」
「待て。それ以上は泣き言になるぞ、レオ」
「・・・そうだな。今回候補に挙げた『ホルダー』は俺とユナで選定しておく。ゼノンは正規メンバーに、いつでも動けるよう準備させてくれ」
「仕方ない、それ位はやってやるとしよう」
と、ゼノンは面倒そうにぼやく。
「ちったあ働きなさいよ」
「ふん、下っ端の真似事など本来やる気も無い。だが、無能だと思われるのも腹立たしいしな」
「あいかわらず滅茶苦茶ねアンタ・・・」
ゼノンの唯我独尊な態度に呆れるユナ。
「気にするなよユナ・・・ゼノン、頼んだぞ」
「任せろ」
その一言を残し、ゼノンの姿が闇に消える。
音も無く、椅子からも立ち上がらずに。
「あたしもあれぐらい便利な能力ならなー」
と、ユナが一人ごちる。
「ゼノンの能力は応用力が高いからな。だがお前の能力とて、格としてはゼノンと張り合えるものだろうに」
「そういう問題じゃあないのー!」
分かんないかなーと言いたげにむくれるユナ。
しかたないなと、レオは彼女の頭を撫でてやる。
「全く・・・」
「んっ・・・許す♪」
即効で機嫌がよくなったユナの頭から手を離し、話を続ける。
「さて、一眠りしたら出発だ。昼頃には向こうに到着し、選定を開始しよう」
「場所は?」
「できれば事を大きくしたい。最近復興が進んだというY区の繁華街を予定している」
「繁華街ねぇ・・・ねえ、レオ」
「ダメ」
ユナの質問を、レオは最後まで聞かずに拒否する。
「あたしまだ何も言ってないよ!」
「・・・どうせ自分も暴れたい、壊したいとかなんだろ?今回はお預け。少なくとも、『天使』が出張ってくるまではな」
図星を突かれ、二の句も継げず固まるユナ。
「・・・これも、以心伝心って奴?」
「寝ろ」
素っ気無く返事し、レオは部屋を後にしようとする。
 ユナもレオの後に続き、部屋から出る。
彼らは『九龍』。
宇宙からもたらされた物が生んだ、黒く、暗い深淵の住人達である。

 太陽が昇り始める薄暗い空の下、ケンジは目を覚ました。
 寒さに少し震えながら時計を見やると、時計の針は6時前を指している。
(いつ以来だ・・・?こんなに早くに起きたのは)
自分らしくないと思いつつ、頭を掻くケンジ。
 自分が早くに目が覚めるときは、何時だってロクな事が無い。前に早くに起きたときは、あの隕石が落ちた日だったなあと、ぼんやりと思い出す。
(いや、どうでもいいか。そんな事)
 ドアの向こうでは、人が歩く物音が聞こえる。おおかた早起きのチヅルが、朝食を用意しようと起きたのだろうとケンジは思った。
「ケンちゃん、入るよー?」
 ノックの音と共に、扉の向こうからチヅルの呼ぶ声がする。向こうはこちらが既に起きていることに気がついていないようだ。
「ああ、いいよ」
 何の気も無しに、とりあえず返事するケンジ。と、少し間が空いた後、ケンジの部屋の扉が勢い良く開かれ驚愕した顔でチヅルが入ってくる。
チヅルは部屋の中を見渡し、心の底から驚いたといわんばかりの表情でケンジに向き合う。
「ケンちゃんが・・・自分で起きてる!」
「いや、そこまで驚かんでも・・・」

「でも、ビックリだよ。ケンちゃん、今まで自分じゃ起きられなかったし」
「俺だって偶には自分で起きれるっての」
チヅルが用意してくれた朝食を食べながら、ケンジは彼女に反論する。
時刻は7時半を指していて、トシオが来る頃には出かける準備は出来るだろうなとケンジは思った。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末さま。片付けは私がやるから、ケンちゃんは用意済ませてねー」
「へいへい」
適当に返事をし、ケンジは自分の部屋に引き返す。古いタンスから数少ない私服を取り出して手早く着替え、約束の時間が来るのを待つ。
 窓の外を見やれば、瓦礫だらけの大地に雲ひとつ無い青空と、絶好のお出掛け日和である。
(今日は一日晴れかな)
 適当に予想を立て、私的にも利用できるデザインの学生鞄に財布などを詰め込み、入れ替わりに折りたたみの傘を床に放る。
その時、ケンジの部屋のドアが開いた。
「おーす、ケンジ」
「トシオ?早いな」
 開いたドアの先には、待っていた相手のトシオがいた。
時計の針は、8時を指したところである。
「なーんか待ちきれなくてな。3人で遊ぶのも久しぶりな感じがするし、興奮しちまって」
「知るか」
「いやん、冷たい」
 妙に体をくねらせる友人を完全に無視し、ケンジは鞄を掴む。
「なら、もう出ようか」
「チヅルちゃんは?」
「ああ、あいつならもう準備は終わってると思う。賭けるか?」
「賭けにならねえよ」
苦笑するトシオ。どうやら、彼がこの家に入ってきた時点で準備が出来ていたようである。
その証拠に。
「準備できてます?」
 開けっ放しのドアから、小洒落た服装のチヅルがひょっこり出てくる。肩にはケンジ達と同じAS学園の鞄をかけており、準備万端といったようである。
「こっちはOK。トシオは?」
「大丈夫だぜ!」
無駄なサムズアップをするトシオ。ケンジとチヅルは完全に無視し、最近開通したバスの時刻表を取り出して予定を確認する。
「・・・最近冷たくない?二人とも」
「えーと、その」
「チヅル、そういう時は無理しないでウザいって言う方が親切なんだよ」
「ひでぇ」
話している間に、3人は外に出、戸締りを確認する。
「鍵も問題なし。じゃあ、行こうか」
「はい」
「おう」
鍵を掛けた事を確認し、ケンジ達は近くのバス停へと歩き始めた。
byキング