「うおぉ…これは思ってた以上に復興が進んでいる…! ってか、前よりも栄えてねェか?」
Y区の繁華街を目の当たりにし、たじろぐケンジ。それもそのはず、彼の想定では復興が進んでいるとはいえ、そこは同じ都市。あらかた綺麗に並べられた瓦礫と、早急に作られたであろう出店が、工事の爪痕を隠す様にひしめきあっている姿を頭の中に描いていた。
しかし、実際はそうではない。昼間にも関わらず、煌びやかに飾られたイルミネーションが辺り一面に広がり、所狭しと前面に押し出された看板。街を埋め尽くす様に賑わう人波は、まるでネオン街そのものだった。
「俺も来たのは久し振りだが、ここまで変貌を遂げているとは…恐るべしっ!」
トシオも驚きを隠せない様子だったが、言葉とは裏腹に早くも店の物色を始めていた。行動が早いのが、この男の特徴である。ケンジを叩き(蹴り)起こし、チヅルの作った朝食を何気無く食い尽くす。この毎朝の日課をこなせているのも、あり余る行動力の賜物だろう。
「しかしこれだと、逆にどこ行けばいいかわかんねェな。チヅル、どっか行きたいとこあるか? ……チヅル?」
返事が無いので振り返ると、チヅルの姿が無い。繁華街に着くまで後ろを歩いていた彼女が、忽然とその姿を消していた。後に残るのは、ケンジの虚しい独り言のみ。
気恥かしさから急いで辺りを見回すと、後ろで二つに結んだ髪が人の隙間から顔を覗かせている。顔は見えなかったが、見慣れた幼馴染のチャームポイントを見間違えるケンジではない。どうやら彼女は露店を眺めていたようだ。
「お、いたいた。チヅル、何やってんの?」
「えっ!? ケンちゃん!? な、なんでもないよ。あ、あっちにある家具屋さん、色々と揃ってそうだよ? トシオ君も連れて行ってみようよ!」
「お、おい!? ちょ、ちょっと待てって!」
チヅルは家具屋を指差しながら、ケンジの手を取った。半ば強引に彼女に引っ張られるまま、ケンジはその場を後にした。
「へぇ〜、最近の布団って色んな種類がたくさんあるんだねぇ。あ、これなんかケンちゃんに似合いそう! こっちのも可愛くていいかも!」
都会に相応しい、オシャレな家具が揃うインテリアショップに三人は来ていた。様々な家具を見て、チヅルは興奮している。あれやこれやと、目に着く商品に次々と反応していた。
「へぇ、どれどれ。確かに手触りが良い感じ…って高ッ!? こんなの買う金はうちに無いぞ」
「もう、わかってるよケンちゃん。だからこうやって、ウインドウショッピングで楽しんでるでしょ? ほら、向こうのソファとか見てみようよ!」
トコトコと小走りしていくチヅル。二つに下ろした髪が横に揺れている。そんな後ろ姿を見ていると、突然トシオが肩に手を回し耳元にこっそりと語りかけてきた。
「なぁケンジ。来週、何があるか覚えてるか?」
「何だよ、いきなり。来週? 何かあったっけか?」
ケンジの間の抜けた答えに、肺の中全ての空気を吐き出すかの様な深いため息を吐くトシオ。
「……ケンジ、お前って奴はホンット、アレだな。ダメダメな奴だな。一緒に暮らしてて忘れるかよ、フツー」
「んだよっ! 何が言いたいんだよ?」
「チヅルちゃんの誕生日だよ。いつも世話になってんだろ。何か用意してあんのかよ?」
言われてギョッとした表情を見せるケンジ。それに呼応する様に、あぁやっぱりな、と渋い顔を見せるトシオ。
「さっきの露店、チヅルちゃん本当は欲しいのがあったんじゃねぇの? ここは俺がチヅルちゃん引き止めておくから、行ってこいよ」
このインテリアショップに入る前の出来事を、遠目からトシオも眺めていた。チヅルの感情に、いち早く察知していたのは彼だった。
親友の提案にケンジは少し思案していたが、やがて――
「……任せたっ!」
そう言い残すと、勢いよく出口へと向かって行った。その姿を見たチヅルが、何かあったのかと頭に疑問符を浮かべている。
「全く、手の掛かる男だぜ。さて、どうやってチヅルちゃんにバレない様にするかな…?」
残った親友は、困惑し頭を掻きながらも、頬笑みを浮かべていた。
繁華街の外れにある寂れた路地裏。煌びやかな表通りとはうって変わり、仄暗い空間がひっそりと広がっている。辺り一面に広がる闇が、そこへ人を近付けさせなかった。
静寂の暗闇の中で、赤い瞳が怪しく輝く。
「…ユナ、手筈の方は整ったか?」
「もっちろん完璧だよ、レオ。ホルダーも、そろそろ動き出す頃かな」
淡々と発せられた声に、この空間には似合わない明るめの声が呼応する。暗闇に浮かぶ赤い瞳と、同じ色を持つポニーテールの少女――ユナは言葉を続ける。
「でも、ホントにこれで良かったの? あたしはあの二人、どうも気に入らないんだけど…」
赤い瞳の少年――レオは無表情のまま、答える。
「これでいい。奴らは言わば、実験体といったところだ。政府がどう動くのか、見物だな」
「はぁ…きっとロクな事にならないと思うけど…。ねぇ、いざとなったら、あたしが――」
「ダメだ。今回の目的は、お前もわかっているだろう?」
「ちぇっ、つまんないのー」
ユナはムッとして口を尖がらせた。まるで子供の様な表情にレオもやれやれ、と肩を竦める。
「そうだな…。もしも、『天使』が出てくる様な事があれば、俺達が動く事もありえるな」
「え、ホントにっ!?」
「あぁ。もしも、の話だがな」
「なんかワクワクしてきちゃった! よぉーし、あたし頑張るよっ!」
拳を大きく上げてガッツポーズを決めると、ユナは全速力で走り去って行った。
「フッ、全く現金な奴だ。さて俺も、所定の位置へと行くかな…」
そう言うや否や、レオは暗闇の中に溶け込むように消えて行った。
露店での購入を済ませたケンジは、ウキウキ気分で歩いていた。上着の内ポケットに入れた小包みを大事に撫でる。
露店は指輪やネックレスなどのアクセサリーや小物を販売していた。値段もそれなりの物ばかりで、中々手軽に手を出し辛い。チヅルが購入を諦めたのも、そういう理由だろう。
彼女が何を見ていたのかケンジには分からなかったが、並べられている商品の中にソレはあった。
安物だが、可愛らしい小さな花の形を模した髪飾り。見つけた瞬間、脳内でチヅルがそれを付けている姿が映像として写し出される。二つの花から伸びる綺麗な髪。清楚で華やかな印象が、彼女にピッタリだった。
チヅルに絶対的に似合うと理解したケンジは、反射的にソレを手に取っていた。
「これ渡すの、来週になるのか。チヅルに見つからない様に隠さないと。あぁ、早く時が進まないかなぁ」
ニコニコ顔で街を徘徊する姿はとてつもなく気食悪いが、それを抑える事が出来ない程、気分が高揚していた。
だが、それも束の間の出来事だった。インテリアショップに戻ると、慌ただしく騒いでいる人だかりがあった。それを見たケンジは、次第に高まった気持ちが切り替わっていく。
「なんだぁ…? 何かショーでもやってんのか?」
怪訝そうにじろじろと見るケンジだったが、人だかりの中心は中々見えて来ない。若干の苛立ちを覚えたが、見えないならそれまでと割り切って、チヅルとトシオを探そうとした。
その時―――
「きゃあああぁぁあぁぁっ!?」
耳をつんざく様な悲鳴と共に、何かが飛んできた。反射的に手で顔を覆ったが、それは構う事無く服や腕に付着した。
「――ッ!? なんだ、これ? 赤い…血?」
あまりの突然の事態に、状況が飲み込めない。だが、先程とは違う胸の高鳴りが徐々に大きくなっていく。再び人だかりを見た時、爆発しそうな程、一際大きく心臓が鼓動した。
「え……っ!?」
辺り一面に血しぶきが広がる中、おびただしい程の死体がそこには溢れていた。頭や手足がバラバラになり、まるで糸の切れた人形の様に崩れ落ちている。
「うっ―――オエェッ!!」
強烈な吐き気がケンジを襲う。地面に手を突き四つん這いになって、胃の中の物が全て吐しゃ物となって外へと出ていくのを待った。
それはケンジだけではなかった。周囲にいた人間も同様に、腰を抜かし嘔吐していた。むせ返る様な吐しゃ物と生臭い血の臭いが混ざり、辺りに充満されていく。
「おいおい兄貴、やりすぎじゃねぇのか。赤目の兄ちゃんにドヤされるぜ」
「関係ねぇよ、やっと解放されたんだ。自由に楽しもうじゃねーかぁ! ガハハハハッ!」
「そりゃそうだ、違いねぇ。クッハッハッハッ!」
死体の山の中心に立つ、大声で高笑う不気味な二人の男。異様なその姿に、ケンジは恐怖しか抱かなかった。
一体、これはどういう状況なのか。自分の身に何が起こっているのか。チヅル達は無事なのか。様々な疑問が次々に浮かび、消化される事の無いまま残っていく。しゃがみ込んだまま、震えて身動きさえ取れない。ケンジは固まって眺める事しか出来なかった。
やがて恐怖に怯えた周囲の人間が、次々と出口へと逃げて行く。
「う、うわぁああぁあぁっ! 助けてくれぇえぇえぇええっ!!」 「ひぃいぃいいいぃっ!」「な、なんなんだこれはぁあっ!? だ、誰か警察を――」
それは一瞬の出来事だった。
男の一人が腕を地面と平行に構えると、腕がナイフの様に鋭利な刃へと変貌していく。刃の先端は数十メートルにも伸びていき、逃げまどう人々を胴から真っ二つにした。
「おいおい、逃がすわけねぇだろ? 勝手に動いてんじゃねぇよ」
「お前も殺りまくってんじゃねぇか。せっかくのお遊びなんだ、もっと楽しもうぜ。もうそこのガキしか残ってねぇ」
気付くと、辺りには無数の死体。その場で生き残っているのはケンジだけだった。数分の間に取り残されてしまった事よりも、何故か昨日の校長が言っていた事を思い出した。
「――『アポカリプスホルダー』……っ!?」
思わず口に出てしまった事さえも、混乱と恐怖心でケンジは気付いていない。
「おぉ、知ってんじゃねぇか、兄ちゃん。そうよ、俺ら兄弟がナウでヤングなホルダーよ」
「変な奴にとっ捕まっちまったが、前もぶッ殺しまくってたんだぜ。この全身凶器の能力でな」
伸ばした刃を縮めて元の腕へと戻す。その指先にべっとりと付いた返り血を、舐めてみせた。
「これだよ、これ。この血の味。クハハッ、たまんねぇなぁっ!」
「よし、じゃあ次はまた俺の番だな。じっくり切り刻んでやるぜ」
兄貴と呼ばれた男の腕も、同様に刃へと変貌していく。その刃に映り込むケンジの姿。襲われると分かっても、腰を抜かし立つ事が出来なかった。
「あぁ、あ、ま、ちょっ、ちょっと待ってっ!」
必死に懇願するも、むしろ逆に男は楽しそうにゆっくりと迫ってく来る。ずりずりと体を引き摺りながら動くも、力が入らず進まない。店内に流れ続ける曲よりも、鼓動が大きく聴こえる。
やろうと思えば、もう一人の男と同様に刃を伸ばす事も出来るのだろうが、それはしてこない。あくまでケンジの恐怖心を煽り、苦悶する姿が見たいのだろう。
そして、遂に男が間合いに入った。喉から心臓が出てきそうな程、鼓動が速く高鳴る。恐怖、吐き気、焦燥感が混ざり、ケンジは泣いている様な、苦しんでいる様な歪んだ表情を見せた。
「そうだ、その表情。それが見たかったんだ。ゾクゾクするぜぇ…。まずはその動かない足から落としてやろう」
男は刃と化した腕をゆっくりと振り上げた。絶体絶命の中、ケンジの瞳には店内奥の商品棚から、チヅルが飛び出す姿が見えた。後を追う様にして、トシオも姿を現す。
「だめぇええぇぇえッ! ケンちゃん、逃げてえぇええッ!!」
「チヅルちゃん、ダメだっ! 」
溢れ出した涙を拭う事もせず、ケンジに向かおうとしたチヅルだったが、トシオに羽交い絞めにされ強引に引き止められる。再度トシオは隠れようとしたが、チヅルは抵抗し言う事を聞かない。
その姿はホルダーである兄弟に、バッチリ見られていた。
「おや、まだいたようだなぁ…。あれ、お前の女か? どれ、あっちから先に殺るか」
振り上げていた切っ先を真後ろに構え、まるでチヅルの体を射抜く様に狙いを定める。
「――ッ!? ま、待てっ! 待ってくれっ!」
ケンジは渾身の力で、男の足にへばり付いた。だがピクリともせず、照準は全く変わらない。顔を下げ、ケンジと目が合うと、男は悪魔の様な笑みを浮かべた。
「残念だったな。大人しく隠れていれば、あの女も死ぬ事は無かったのに。アイツが死ぬのはお前のせいだ。さぁ目の前で女が死ぬと、どんな表情を見せてくれるのかな?」
目線を上げ、男は標的へと向き直ると、その切っ先を伸ばした。
チヅルは恐怖し硬直した。彼女を庇う為、トシオは身を前に出した。ケンジにはもう、叫ぶ事しか出来なかった。
「やめろぉおおおぉおぉおぉおおぉッ!!」
―――瞬間。
胴から真っ二つに切り裂かれた。崩れ落ちた上半身はもう語る事は無く、ただの屍と化した。
死んだのは男の方だった。切っ先は、チヅルやトシオへ到達する事無く、体ごと切り裂かれていた。まるで『かまいたち』の如く。
「え……っ!?」
「あ、兄貴ィイィィイーーーーッ!?」
ケンジはもちろん、その場にいた全員が状況を把握出来ていなかった。
「あぁーあー、キミ達やりすぎだよ。こんなにしちゃって…お仕置きが必要だね。って、もうしちゃったけど♪」
だが、突如現れた乱入者がそこにはいた。風の様に舞い、風の様に現れる。神出鬼没な謎の少女。その背には、天使の羽が描かれたロングコートを羽織っている。
「だ、誰だてめぇっ!? お前が兄貴を殺ったのかっ!?」
「ボク? ボクはフロウ。対アポカリプスホルダー特務機関『エンジェル』の隊員さ」
第三話 日常の崩壊
by絶望君