「くそ、ここまでくれば安全だろ!」
どこまで来たのだろうか。見知らぬ土地を走りぬけ、気絶したケンジを背負ったトシオとチヅルは暗い路地裏に駆け込む。
周囲に人影が無いことを確認し、トシオは背負っていたケンジをそっと降ろし自身は地面に倒れこむ。息は切れ切れ、足はいまだ恐怖と疲労で震えており、ここまで走れたのが不思議なくらいだとトシオは我ながら思った。
「ねえ、ケンちゃんは大丈夫なの!」
「落ち着いてチヅルちゃん!こいつは大丈夫だ!」
狼狽するチヅルが気絶したケンジを抱き寄せる。トシオは、背負っていたケンジが確かに呼吸をしていた事を知っていた。少し顔色が良く無いが、寝息にも似た呼吸をしているので大丈夫だろうとトシオは結論付ける。その様子を見たチヅルは、安堵からかその場にへたりこんでしまった。
「うええ…うぅ……よかったよぉ…」
極度の緊張から開放され、チヅルは涙を流し横にされたケンジにすがりつく。
それを見て、トシオもほっと一息つけた。
「にしてもこの野郎、呑気に寝やがって……」
ここまでしてやったんだ。少しくらい小突いても許されるだろうと思い、トシオはケンジに手を伸ばそうとした。
直後。
キィン。という甲高い音と共に、ケンジとトシオの間を白い光線が横切る。
「うおぉっ!」
とっさに手を引っ込めるトシオ。幸いにも光線は二人に当たらず、直後に光線の直線上にあった建物から火の手が上がる。
「ちくしょうめ!」
ここも安全ではない。トシオはケンジを背負い、チヅルを促す。
「走れっ!」
トシオ達は繁華街を脱出すべく、再び全力で走り出した。
背後からは、先ほどの甲高い嫌な音が何回も聞こえてくる。
どうか当たりませんようにと願いながら、トシオとチヅルは必死に走り続けた。
第五話 星の煌き
「ヒャッッッッッハァァ―――――――――――ッ!」
『九龍』の一人、ユナの咆哮と共に放たれた純白の光線はフロウのロングコートの端を焦がし、背後の建物に直撃する。光線に貫かれた建物が爆発し、炎上を始めた。
戦闘開始から僅かの時間で、復興が進んでいた繁華街は火の海と化していた。燃え盛る火の中、惨状の元凶たるユナは『天使』の一員、フロウを圧倒していた。
「ホラホラホラァ―――、その程度であたしを満足させる気だったの?」
足を止め、おいでおいでと挑発するように手を動かすユナ。かかった獲物がつまらない相手だったと言いたげに、吐き捨てるように叫ぶ。
「舐めるな、『天使』共!」
灼熱の大地を足蹴に堂々と君臨するユナの姿は、悪逆の限りを尽くす神話のドラゴンを思わせるようであった。
「随分と厄介な能力だね、獣風情がっ!」
獲物と断定した相手から苦戦を強いられ、フロウは苛立つ。続けて放たれた光線を辛うじて回避し、自身の能力を発動する。
「切り裂け、天使の翼(イカロス・ウイング)!」
フロウの声に応じるかのように、彼女の周囲の大気に歪みが生まれる。その歪みは形を変え、獲物を問答無用で切り裂く真空の刃となる。
二人のアポカリプスホルダーを切り裂き、幾多の相手を両断したフロウの必殺の刃はユナに向かって放たれた。
「そんなノロマな攻撃、何回ヤってもあたしには届かないよ!」
自身に向けて正確に飛んで来る真空の刃を一瞥し、つまらない攻撃だと言わんばかりに叫び、手を正面にかざしユナは吼える。
「天界の光(ヘブンズレイ)!」
直後、ユナの周囲の光が不自然に揺らめき、先ほどの比ではない極大の光線が放たれる。光線が放つ莫大な熱量は大気を焦がし、飛来する真空の刃を周囲の空気ごと焼き尽くす。
余波だけで周囲の瓦礫はアメのように溶け、回避したフロウも呼吸する為の酸素を得るために急いで熱から逃れる。
「音速の攻撃で、光速の攻撃に勝てる訳ないでしょ!」
自身が生み出した破壊の跡を見て、満足そうにするユナ。一方のフロウは、苛立ちながらも思う。
(今のボクの能力では、【ウラヌス】には届かないか…)
フロウは自身の能力―――天使の翼(イカロス・ウイング)を発動し、周囲の炎と砂を巻き上げて煙幕を張る。多少の足止めにはなるだろうが、慎重に、確実に距離を置く。
(あの原初のホルダー【プラネット・ナンバーズ】の実力は間違いなく本物だね。ボクのお師匠様が注目する訳だ)
考えている最中にも、大気の流れを操作することで煙幕を維持し攻撃のチャンスを探る。
「流石だね」
声で居場所が分からないように、能力で全方向から声が聞こえるように空気を操作する。ユナは声の主を探すように辺りを見渡すが、煙幕の影響でそれもままならない。
「今更何よ?あんたの血を見ない限り、このままじゃ収まりがつかないんだけど?」
ユナは少しイラつきながらも、周囲への警戒を怠らない。フロウは挑発に乗ったと感じ、言葉で畳み掛ける。
「流石だと言いたいんだよ、『天使』の成り損ない」
一瞬、ユナの顔色が青くなる。
「……あの実験は、とっくに終っているはずよ。関係者も、皆殺しにしてやったはず」
「知っているから知っているんだ。自分の組織の事くらい、しっかり勉強はしているからね♪」
「………」
「だからボクは君たちにこう言うのさ」
少し溜めを作り、フロウはささやくように言う。
「このモルモット共が」
瞬間。
ユナの周囲の瓦礫が一瞬で気化し、彼女を中心に灼熱の嵐が吹き荒れる。フロウの張った煙幕など意にも介さず、ひたすらに熱量が高まっていく。
「死に腐れ」
ユナの呟いた一言と同時、彼女の周囲数十メートルが光に飲み込まれた。
彼女を爆心地として炸裂した純白の爆発は内包する全ての存在を焼き尽くし、灰すらも残さない。
文字通り、全てが白に染め上げられた。
「……少しやり過ぎたかな?」
ユナの能力から、辛うじて逃げ切れたフロウは爆心地から大分離れたところで様子を見ていた。
フロウは自身の大気を操る能力で、爆風を利用してわざと吹き飛ばされていたのだ。
爆心地からは未だに純白の光線が空に向けて放たれており、まだ自分を探しているのだろうとフロウは思った。
(『九龍』。ここまで力を付けたからには、この事はしっかり報告しとかないと……)
遠くのユナに感づかれないように、そっと立ち上がる。
直後、フロウは背後に誰かが立っている気配を感じた。
野次馬の生き残りとは、到底思えなかった。この、後ろから絡みつくような殺気など一般人が出せるものではない。
「確かに、ここまでやる必要はないな。ユナのやつ、いささかやり過ぎだな」
面倒だ、と言わんばかりに気だるそうな声。
「だが」
フロウが振り向いた先には。
「俺が貴様を叩けば、結果としては問題ない」
眼前には、冷たく、暗く、どこまでも黒い災厄の権化。
「【プルート】…レオ・ブラックか!」
本命を前にして、フロウは即座に天使の翼(イカロス・ウイング)を発動し、攻撃態勢に移ろうとする。
しかし。
「冥王の間(ステイシス)」
レオの一言と同時に、フロウの視界からレオの姿が消える。フロウの目には一瞬、残像のようなものが見えたがそれも目では追いきれなかった。
そして、音も無くフロウの左腕が根元から切り落とされた。
「……ああああああああああああ!」
遅れてきた苦痛に悶絶し、地面をのた打ち回るフロウ。レオはいつ取り出したかも分からない、手に持っていた大型のナイフを鞘に収める。
「さてと、貴様には俺達のメッセンジャーになってもらう」
フロウのうめき声をBGMに、淡々と呟くレオ。ポケットから1枚の小さなCDケースを取り出し、のた打ち回ることすら出来なくなったフロウのロングコートのポケットに入れる。
その時、フロウの右腕が僅かに動いたのをレオは見逃さなかった。
即座にナイフを抜刀し止めを刺そうとするが、それよりも僅かに早くフロウの天使の翼(イカロス・ウイング)が彼女を空へと押し上げ、レオを吹き飛ばす。
レオはすぐさま立ち上がり、空へと逃れたフロウを一瞥する。
「……あの高度では冥王の間(ステイシス)でも追いつくことは難しいか」
飛行機雲のように血を流しながら逃げるフロウを見て、あの出血なら死んだだろうと思い意識から外す。
レオは手製の携帯端末を取り出し、いくつかボタンを押して端末を耳に当てる。
「俺だ。CDは奴らの手に渡した、これで俺達の声明が奴らの上に届くだろう」
『だといいがな。例の新参者はどうした』
「死んだよ。死体も多分跡形も残ってないだろうな」
携帯端末の向こうから、あからさまなため息が聞こえる。
『またユナの仕業か。あの馬鹿はお前の女だろう、しっかりと見てやれ』
「ふん」
『まあいい。これで奴らも本腰を入れて俺達を狙いに来るだろう』
「そうだな。ところでゼノンの奴はもう来たか?召集を掛けろと言っておいたが」
『一応はな。相変わらず能力で手抜きしていたが』
「あいつはそういう奴だ。……これからアジトに帰還する、何かあれば連絡を」
『了解』
通信を打ち切り、端末をポケットに仕舞う。
未だに煙が上がる繁華街の先、薄っすらと見える大地の壁を見やりレオは一人ごちる。
「覚悟しろ、老人共」
ケンジは夢を見ていた。
周囲は宇宙空間のように暗く、遠くに星や銀河のようなものが光っている。ただそれだけの世界。
その中でケンジは、フロウと対峙していた時に聞いたあの声を聞いていた。
「どうやら私を受け入れてくれたようだな、感謝するぞ」
「……お前は何なんだ?」
「言ったはずだ、私は君自身。厳密には君の意識をコピーした、擬似人格だがね」
俺こんな気取ったしゃべり方だったっけと思いながら、ケンジは自分のコピーと名乗った相手に話しかける。
「なんで、俺を守る?」
本当に素朴な疑問。あの時、本当に都合よく助けてくれたのがこの声の主なら、理由を聞きたかったのである。
「簡単にいえば、私は他人の意識に入ることで始めて私になれる。私は私自身を守るために、受け入れてくれた者に力を貸しているのだ」
「…?」
「この世界は私の心象風景だ。本当に何も無い、無限の宇宙が広がる世界。私達は、この孤独に耐え切れず宇宙を彷徨っている」
ふと周りを見やると、世界に白い亀裂が生じている。大丈夫なのかと、ケンジは声の主に尋ねようとする。
「大丈夫だ。これは、君が夢から覚めるだけだ」
音も立たず、ケンジを取り巻く世界が白く崩れ落ちていく。
「力が欲しければ、私を呼んでくれ。君が本当に覚悟を決めたのなら、私は君の力となろう」
その声を最後に、世界の全てが白に埋め尽くされた。
「……ここ、は?」
ケンジは横になっていた体を起こし、辺りを見渡す。
そこは、病院の一室であった。
『九龍』の一人、ユナの咆哮と共に放たれた純白の光線はフロウのロングコートの端を焦がし、背後の建物に直撃する。光線に貫かれた建物が爆発し、炎上を始めた。
戦闘開始から僅かの時間で、復興が進んでいた繁華街は火の海と化していた。燃え盛る火の中、惨状の元凶たるユナは『天使』の一員、フロウを圧倒していた。
「ホラホラホラァ―――、その程度であたしを満足させる気だったの?」
足を止め、おいでおいでと挑発するように手を動かすユナ。かかった獲物がつまらない相手だったと言いたげに、吐き捨てるように叫ぶ。
「舐めるな、『天使』共!」
灼熱の大地を足蹴に堂々と君臨するユナの姿は、悪逆の限りを尽くす神話のドラゴンを思わせるようであった。
「随分と厄介な能力だね、獣風情がっ!」
獲物と断定した相手から苦戦を強いられ、フロウは苛立つ。続けて放たれた光線を辛うじて回避し、自身の能力を発動する。
「切り裂け、天使の翼(イカロス・ウイング)!」
フロウの声に応じるかのように、彼女の周囲の大気に歪みが生まれる。その歪みは形を変え、獲物を問答無用で切り裂く真空の刃となる。
二人のアポカリプスホルダーを切り裂き、幾多の相手を両断したフロウの必殺の刃はユナに向かって放たれた。
「そんなノロマな攻撃、何回ヤってもあたしには届かないよ!」
自身に向けて正確に飛んで来る真空の刃を一瞥し、つまらない攻撃だと言わんばかりに叫び、手を正面にかざしユナは吼える。
「天界の光(ヘブンズレイ)!」
直後、ユナの周囲の光が不自然に揺らめき、先ほどの比ではない極大の光線が放たれる。光線が放つ莫大な熱量は大気を焦がし、飛来する真空の刃を周囲の空気ごと焼き尽くす。
余波だけで周囲の瓦礫はアメのように溶け、回避したフロウも呼吸する為の酸素を得るために急いで熱から逃れる。
「音速の攻撃で、光速の攻撃に勝てる訳ないでしょ!」
自身が生み出した破壊の跡を見て、満足そうにするユナ。一方のフロウは、苛立ちながらも思う。
(今のボクの能力では、【ウラヌス】には届かないか…)
フロウは自身の能力―――天使の翼(イカロス・ウイング)を発動し、周囲の炎と砂を巻き上げて煙幕を張る。多少の足止めにはなるだろうが、慎重に、確実に距離を置く。
(あの原初のホルダー【プラネット・ナンバーズ】の実力は間違いなく本物だね。ボクのお師匠様が注目する訳だ)
考えている最中にも、大気の流れを操作することで煙幕を維持し攻撃のチャンスを探る。
「流石だね」
声で居場所が分からないように、能力で全方向から声が聞こえるように空気を操作する。ユナは声の主を探すように辺りを見渡すが、煙幕の影響でそれもままならない。
「今更何よ?あんたの血を見ない限り、このままじゃ収まりがつかないんだけど?」
ユナは少しイラつきながらも、周囲への警戒を怠らない。フロウは挑発に乗ったと感じ、言葉で畳み掛ける。
「流石だと言いたいんだよ、『天使』の成り損ない」
一瞬、ユナの顔色が青くなる。
「……あの実験は、とっくに終っているはずよ。関係者も、皆殺しにしてやったはず」
「知っているから知っているんだ。自分の組織の事くらい、しっかり勉強はしているからね♪」
「………」
「だからボクは君たちにこう言うのさ」
少し溜めを作り、フロウはささやくように言う。
「このモルモット共が」
瞬間。
ユナの周囲の瓦礫が一瞬で気化し、彼女を中心に灼熱の嵐が吹き荒れる。フロウの張った煙幕など意にも介さず、ひたすらに熱量が高まっていく。
「死に腐れ」
ユナの呟いた一言と同時、彼女の周囲数十メートルが光に飲み込まれた。
彼女を爆心地として炸裂した純白の爆発は内包する全ての存在を焼き尽くし、灰すらも残さない。
文字通り、全てが白に染め上げられた。
「……少しやり過ぎたかな?」
ユナの能力から、辛うじて逃げ切れたフロウは爆心地から大分離れたところで様子を見ていた。
フロウは自身の大気を操る能力で、爆風を利用してわざと吹き飛ばされていたのだ。
爆心地からは未だに純白の光線が空に向けて放たれており、まだ自分を探しているのだろうとフロウは思った。
(『九龍』。ここまで力を付けたからには、この事はしっかり報告しとかないと……)
遠くのユナに感づかれないように、そっと立ち上がる。
直後、フロウは背後に誰かが立っている気配を感じた。
野次馬の生き残りとは、到底思えなかった。この、後ろから絡みつくような殺気など一般人が出せるものではない。
「確かに、ここまでやる必要はないな。ユナのやつ、いささかやり過ぎだな」
面倒だ、と言わんばかりに気だるそうな声。
「だが」
フロウが振り向いた先には。
「俺が貴様を叩けば、結果としては問題ない」
眼前には、冷たく、暗く、どこまでも黒い災厄の権化。
「【プルート】…レオ・ブラックか!」
本命を前にして、フロウは即座に天使の翼(イカロス・ウイング)を発動し、攻撃態勢に移ろうとする。
しかし。
「冥王の間(ステイシス)」
レオの一言と同時に、フロウの視界からレオの姿が消える。フロウの目には一瞬、残像のようなものが見えたがそれも目では追いきれなかった。
そして、音も無くフロウの左腕が根元から切り落とされた。
「……ああああああああああああ!」
遅れてきた苦痛に悶絶し、地面をのた打ち回るフロウ。レオはいつ取り出したかも分からない、手に持っていた大型のナイフを鞘に収める。
「さてと、貴様には俺達のメッセンジャーになってもらう」
フロウのうめき声をBGMに、淡々と呟くレオ。ポケットから1枚の小さなCDケースを取り出し、のた打ち回ることすら出来なくなったフロウのロングコートのポケットに入れる。
その時、フロウの右腕が僅かに動いたのをレオは見逃さなかった。
即座にナイフを抜刀し止めを刺そうとするが、それよりも僅かに早くフロウの天使の翼(イカロス・ウイング)が彼女を空へと押し上げ、レオを吹き飛ばす。
レオはすぐさま立ち上がり、空へと逃れたフロウを一瞥する。
「……あの高度では冥王の間(ステイシス)でも追いつくことは難しいか」
飛行機雲のように血を流しながら逃げるフロウを見て、あの出血なら死んだだろうと思い意識から外す。
レオは手製の携帯端末を取り出し、いくつかボタンを押して端末を耳に当てる。
「俺だ。CDは奴らの手に渡した、これで俺達の声明が奴らの上に届くだろう」
『だといいがな。例の新参者はどうした』
「死んだよ。死体も多分跡形も残ってないだろうな」
携帯端末の向こうから、あからさまなため息が聞こえる。
『またユナの仕業か。あの馬鹿はお前の女だろう、しっかりと見てやれ』
「ふん」
『まあいい。これで奴らも本腰を入れて俺達を狙いに来るだろう』
「そうだな。ところでゼノンの奴はもう来たか?召集を掛けろと言っておいたが」
『一応はな。相変わらず能力で手抜きしていたが』
「あいつはそういう奴だ。……これからアジトに帰還する、何かあれば連絡を」
『了解』
通信を打ち切り、端末をポケットに仕舞う。
未だに煙が上がる繁華街の先、薄っすらと見える大地の壁を見やりレオは一人ごちる。
「覚悟しろ、老人共」
ケンジは夢を見ていた。
周囲は宇宙空間のように暗く、遠くに星や銀河のようなものが光っている。ただそれだけの世界。
その中でケンジは、フロウと対峙していた時に聞いたあの声を聞いていた。
「どうやら私を受け入れてくれたようだな、感謝するぞ」
「……お前は何なんだ?」
「言ったはずだ、私は君自身。厳密には君の意識をコピーした、擬似人格だがね」
俺こんな気取ったしゃべり方だったっけと思いながら、ケンジは自分のコピーと名乗った相手に話しかける。
「なんで、俺を守る?」
本当に素朴な疑問。あの時、本当に都合よく助けてくれたのがこの声の主なら、理由を聞きたかったのである。
「簡単にいえば、私は他人の意識に入ることで始めて私になれる。私は私自身を守るために、受け入れてくれた者に力を貸しているのだ」
「…?」
「この世界は私の心象風景だ。本当に何も無い、無限の宇宙が広がる世界。私達は、この孤独に耐え切れず宇宙を彷徨っている」
ふと周りを見やると、世界に白い亀裂が生じている。大丈夫なのかと、ケンジは声の主に尋ねようとする。
「大丈夫だ。これは、君が夢から覚めるだけだ」
音も立たず、ケンジを取り巻く世界が白く崩れ落ちていく。
「力が欲しければ、私を呼んでくれ。君が本当に覚悟を決めたのなら、私は君の力となろう」
その声を最後に、世界の全てが白に埋め尽くされた。
「……ここ、は?」
ケンジは横になっていた体を起こし、辺りを見渡す。
そこは、病院の一室であった。
byキング