――そんなもの一言で終わるほど簡単なことだ
――『ルールを無視すること』だ
――だがルールといっても自分の外側のルールじゃない
――自分を縛り付けている理論と倫理。つまり『制限』
――それを取っ払ってしまえばいいだけだ
――この世界では・・・ね
第2話 その瞳の意味
あれからどれ程倒れていたんだろうか。実際にあの人から聞いていなかったから定かではないが、恐らく半日以上は眠り続けていただろう。
俺が目を覚まして最初に見たものはすでに日が沈み星の見える夜空だった。さらに体を起こすと焚き火の火と焚き火を挟んだ反対側に座っている人が目に入った。
「あぁ、目が覚めたみたいですね。痛むところとかありますか?」
俺が最初に考えたことは自分がどうなったかではなく、ここがどこかではなく、今目の前に居るのが誰か・・・だった。
思考回路がまだ十分に働いていないうちにその人は俺に声をかけていた。それに気づくのに1分近く掛かってしまった。
「あっ・・・いえ大丈夫・・・です。」
「それは良かった。」
簡単なやり取りをして一拍おいた。どうやらこの人が俺を助けてここまで運んでくれたようだ。見たところ俺と同じ冒険者のようだ。
緑のロングコートに黒い手袋。それと伊達のようなかかり方をしたメガネの青年。体格は筋肉隆々ではなくひょろりと背の高い痩せ型。背の高さ以外特に目立った特長の無い人だ。
「えっと・・・助けていただきありがとうございました。」
「あぁ、気にすることじゃない。僕も罠に掛かったらたまたま君を見つけただけだよ。」
「はっ・・・はぁ」
罠にかかって見つけた。助けてもらった相手に失礼だがあの罠に掛かってしまうのは正直どうかと思う――自分もいえたことではないが――駆け出しの俺が言うのもあれだが
はっきり言ってこの人は冒険者として二流だろう。力の方は・・・あの数から俺を助け出せるのだからそれなりだろうが。
「そうそう。君の戦いを見せてもらったけど、凄いね。まだ荒っぽいけど自身の能力を十二分に発揮した戦い方をしてたと思うよ。」
「はぁ・・・どうも・・・って・・・?」
先程と言ってることが矛盾している気がする。この人はマテリアルのあった場所の罠に掛かって俺を見つけたっていったのに、まるで俺が掛かる前からすでにそこに居たような口ぶりだ。
だが、その辺については深く考える必要も無いだろう。
「それと君の銃。比較的小さいのにマテリアルで炎弾を使うことによって大型の銃に匹敵する威力を持ってるね。」
「あ・・・わかるんですか?」
「それ位の知識は一応あるからね。銃本体にマテリアルで
「い、いえそんな・・・。」
褒められてどうなるということでもないし、駆け出しの俺と同じようなヘマをするような人に褒められても得した気にはならない。だが、褒められるのも悪くは無い。
「ただ、どうして火の属性しかエンチャントをしてないのかな?弾丸への付加なんだからもっといろんな属性を付加できるんじゃない?」
「あっそれは・・・試したんですが、どうしても火以外の力を付加しようとしても出来ないんです。俺には火以外は相性が悪いみたいで・・・」
「ふぅん。相性が悪い・・・か。・・・君の・・・・・か」
「えっ?いまなんて言ったんですか?」
すごく歯切れの悪い言葉がその人から出たが声が小さすぎて何を言っていたのか聞き取れなかった。
「え?あっ・・・あぁなんでもないなんでもない。ただの独り言だから。だから気にしないで」
その人は慌てて身振り手振りで否定するがその行動がかえって怪しさを増す。少し警戒心を持ったほうがよさそうだな。
「変な人だ・・・変といえば・・・凄く変だなぁ?」
「はは、変だ変だってあからさまに・・・それで何がだい?」
「いや、あんた・・・他とは何か違う感じを受ける。何ていうかーそのー既視感っていうか、懐かしいっていうか・・・」
「っ!!」
「特に周りのものとまるで異質な感じだ。俺自身にもその違和感を感じるけど、あんたはそれ以上だ。俺みたいな半端な物じゃない。」
「・・・君はそれを自分のどこで判別してるんだい?」
なんだろう?この人妙にこの話に喰らいついてくる。普通変人呼ばわりされたら気を悪くするんじゃないかと思ってたのに。ますます変だ。
「・・・眼・・・左目だ。この眼だけが時々俺に違和感を形にして見せる。」
「具体的には?」
「具体的っていうと・・・色・・・かな?たとえばあんたは赤だ。それもかなり形がはっきりしてる。俺自身は・・・全部見れるわけじゃないけど赤。だけどあんたみたいにはっきりと形作られてない。あやふやな感じだ。」
「他の物は?たとえば・・・このナイフ」
そういって、その人は腰から一本のナイフを取り出した。それが余計に俺の何かを煽る。そして疑問が浮かぶ。この異様なまでの雰囲気は何だ?何でこんなに知りたがるんだ?
考えても全然その問いの答えが見つからない。思いつかない。とにかく今はこの人の問いに答えることにしよう。
「青・・・うん。真っ青だそれに形もはっきりと現れてる。」
「そうか。じゃぁ今からその眼に見える移り変わりがどんな風なのか・・・言ってみてくれ。」
「ん?なんの話・・・・・・えっ!?」
唐突に言われて良く解らないままそのナイフを見ていると・・・ナイフの色が真っ青から徐々に赤色へと変わっていくじゃないか!
それによってさっきまではっきりしてた形があやふやになっている。最終的には形のはっきりしないあやふやな赤い物に変わった。まるで俺と同じだ。
「どうだい?どうみえた?」
「ナイフの形をしていた青が段々赤色に変わって最後は俺と同じ・・・赤い不確定な形になった。」
「・・・ふふ。」
「ん?どうかしたんです・・・」
「ふふ・・・はははは。あはははははははははは!!」
どうしたんだ一体!?突然笑い出して変とか君が悪いとかそんなのを通り越して怖い・・・いや、それも違う怖いなんて物じゃない。でも・・・じゃあ・・・いったい。
「あっ・・・あの」
「ははははは・・・ははぁ・・・・・・・・・。ごめんごめん。いやちょっと・・・まさかこんな所で・・・こんな形でとは思わなかったから。」
「何がですか・・・?」
「いやそれは気にしなくて良いよ。それよりさ・・・君。僕と一緒に来ないかい?」
「はぁ?」
唐突だった。あまりにも唐突で突拍子も無かった。だが、今の俺の気持ちは単純で答えもはっきりしていた。
ノーだ。ただでさえ不信感を抱いている相手。実力だって正直あるとは思えない。そんな相手についていくなんて正直今の俺には考えられない。
――そう・・・その時の俺には・・・
「ん〜やっぱりちょっと突然すぎたね。それに・・・どうやら君は僕を信じてない上に実力まで疑ってる。」
「っ!!」
「そうだよね。それが普通の反応だ。だけど・・・まぁ、そうだな。とりあえずちょっと付いて来て。せめて僕の実力だけは証明しないと・・・ね。」
そういってその人は自分の横においてあった大きな何かの入れ物を持って立ち上がり歩き出した。俺も不承不承。とりあえず付いて行く事にした。
「よし着いた。」
「着いたって・・・ここは」
たどり着いた場所・・・そこは俺が倒れた場所だった。当然昼間同様、魔物も居るはずだ。だが、今は夜。しかも月明かりがほんの少ししか差し込まない暗闇だ。
「さて、じゃぁ早速僕の実力の披露といくか。」
「披露って・・・」
何も見えない。闇は深く月明かりの下に居る俺たちの先は何一つ見えない。こんな状況じゃ魔物を見つけるどころか魔物がこっちに近づいていることすら気づけない。
「・・・今君は諦めたね。『こんな暗闇の中じゃ魔物は見つけられない』と」
「っ・・・それは・・・」
「人っていうのは無意識のうちに自分に『制限』を掛けているんだ。自分の調子であったり周りの状況であったり、そんなもので自分で自分にリミッターをつけて押さえ込んでいるんだ。」
その人はまるで諭すように俺に話しかけながら入れ物から何かを取り出した。銃・・・それも子供の身長ほどはある大型の銃。恐らく狙撃銃系統のものだろう。
この手の武器は確かに暗闇でも対象を狙えるようなオプションはあるし、威力も十分だ。
だが、一発ずつしか撃てない。リロードも時間が掛かる。一体に一発ずつ撃っていたら正直間に合わない。
「ほら。また自分に『制限』を掛けた。良く見てな。これが君の持っている『常識』っていう『制限』の先だよ・・・」
そういうとその大きな銃を右手一本だけで持ちまっすぐ拳銃のように構える。一体何を考えているんだ!?そんなことをしたら命中精度が落ちるなんてものじゃない。
重さのせいで確実に狙いから外れるのは眼に見えている。
「大丈夫。それと、君に披露するのに一番適した攻撃で・・・僕も『火』を使おう。」
「えっ!?」
「いくよ・・・・・・・・・
その人が呟くごとに銃が形を変えるんじゃないかと思うほどの何かが起きていた。目で見えるものではなくそれ以外の違った何かが。
それに呼応するように闇の中で多くのものがざわめき蠢き始めた。その蠢きはこちらに近づくのではなくむしろ逃げていくようだ。何かに怯え恐れているかのように・・・
「
「あっ・・・あっ・・・」
「散れ・・・そして貫け!!」
その人がそう叫んでからは一瞬だった・・・一瞬で全部が片付いた。自分の目を疑いたくなるような光景だった。
その人の銃の先端から炎弾がドンドンと肥大化してそして、それが無数の火花となって散ると闇の中にいた魔物たちを貫いた。
闇の中にいた魔物たち全てを・・・火の粉みたいな炎が貫き倒した。たったの一撃・・・たったの一発。それで終わらせてしまったのだこの人は・・・
「・・・ふぅ。ちょっと張り切り過ぎちゃったかな?」
「あ・・・え・・・んな・・・」
「ちょっと衝撃がありすぎたかな?でもこれが自分への『制限』を失くした力だ。」
俺は言葉に出来なかった。現せなかった。現すならば一体どんな言葉を並べればいいんだろう?そう思うしかなかった。
この人が持っている違和感は俺が持っている違和感と似ている。だが決定的に違う。中途半端な違和感とまったく異質の違和感との差。
そして、その差が今のだ。だからこそ俺は恐れた。恐れその先にある何かに魅入られた。見出した。そして何かに気づかされた気がする。その何かは・・・まだわからない。
「さて・・・・・・っとと。ふぅやっぱりちょっと張り切りすぎたみたいだ。余計なマナまで消耗してるよ。」
「あっ・・・あの」
「あぁ、そういえばまだ名乗ってなかったね。そうだなぁ・・・ん〜。よし!僕の名前は『エーヴァ』。エーヴァだ。」
「エーヴァ・・・?」
「そ!エーヴァ・・・っと君の名前もまだ聞いてなかったね。ついでにさっきの問いにも答えて欲しいな。僕と一緒に来るか来ないか。」
そうして俺はその人・・・エーヴァと会った。俺がこの世界で唯一師と敬った人。俺を真実と・・・戦いに導いた人。
でも、そのときはまだ解らなかった。知らなかった。ただ一重にその強さに憧れただけだった。そう・・・ただ一重にその人の何かに魅入られたのだ。
そして俺はその人に付いて行く事にした。果てなく続く誰も語らない・・・誰も知らない。ただ俺だけの詩が始まったんだ。
たった一人の物語。たった一人で紡ぎ読み上げられる物語。俺だけが知る物語が・・・