――きっと、それはいけなかったんだ。

――それはやっちゃいけなかったんだ。

――世界はそう言って俺を哀れむだろう。

――だけど、俺は悲しむつもりはない。

――後悔するつもりは無い。

――だからこそ俺は選んだんだ・・・

第4話 得るもの失ったもの

 遺跡の出口のあたりでとても懐かしい人がいた。実際は懐かしいとういほどあっていないというわけではないが、そこはさしたる差でもない。

「おーい師匠!こんなところで何してるんだー?」
俺は師匠の下へ歩み寄って言った。しかし師匠は気づかない。辺りをしきりに見回しているのに・・・俺が死角にいるのだろうか?

「師匠?何やってるの?」
 師匠があまりにもこちらに気づかないので俺は師匠の肩に手を置いてこっちを向かせようとした・・・だが、師匠は思わぬ反応を見せた。

「っ!!!」
 肩に手を置かれた師匠はまるで何かに怯えているかのように目を丸くして肩に置いた手を払い俺と対峙するように身構える。

「なっ……師匠!どうしたんだよ!?」
 俺はその反応に動揺するほか無かった。いつも飄々として何事にも冷静に事を運ぶ師匠のそんな反応には度肝を抜かれたどころの話ではなかった。その違和感が俺の頭の中にひどくまとわりつく。

「師匠……」
「……君、か……ごめんごめん。あんまり突然だったからつい驚いちゃったよ。いやはや恥ずかしいところを見られたなー」
 そのとき初めて俺を認識したのか。一拍おいてからいつもの口調とともに元の師匠に戻った。だが、それもどこかぎこちなく俺の中の違和感は一向に消えない。だが、もうあまり気にするものではない・・・はず。

「……まぁいいや。ってか、師匠どうしてこんなところにいるんだ?」
「ん?あぁ、まぁ……なんとなく……かな?というかそういう君はどうしてここに?」
「俺も似たようなもんさ。まぁ損しない程度の気ままさでな。」
 そう言いつつ俺は遺跡で手にしたマテリアルをチラつかせた。そうして見せびらかしていると・・・ふとあることに気づいた。

「……なぁ師匠。銃どうしたんだ?」
 彼の背には愛用の銃が無かった。さらによく見ると茨の道でも通ってきたのかと思うほど服はボロボロだ。それをマントを羽織ることで覆い隠している。だが、実際本当に茨の道を歩いたわけではないだろう。見た限りすべて人為的なものだ。職業・・・と言うほどの物でもないが職業柄そういった事が無いわけではない。だが、それにしたって異常だった。

「あぁ、あれね……実はね……この前壊しちゃったんだ。」
「……へ?」
「いや、言葉のとおりだよ。あの銃はマテリアルごと壊しちゃったんだよ。」
「……はぁ!!?」
 驚きも驚き。驚愕の事実だった。マテリアルごと壊すというのはそれほどまでの事なのだ。マテリアルがどんなもので構成されているのかは知らないが、その硬度がどれほどなのかはよく知っている。とても人が壊したなんて一言で済ませられるような代物じゃない。マテリアルを破壊するならそれ相応の破壊力を直接叩き込まないと破壊どころか傷一つつかないだろう。
 そんな代物を今目の前に居る人はそれを壊した・・・一体どうやって?

「そうだ。君に渡したいものがあったんだ。」
 ふと、思い出したかのように懐を探り取り出したものは手紙だった。俺はなぜ渡されるのかわからなかったがとりあえず受け取っておくことにした。手紙といっても簡素な封筒に入れられ、中身はどうやら紙1枚だけのようだ。

「それはまだ開けないでおいてくれ。」
「へ?」
 俺はその言葉の意味がわからなかった。つまりこれは俺が誰かに渡す物ではなく。俺自身に宛てられた物なのだ。送り主に直接手渡す。つまりこれは手紙ではないようだ。

「じゃぁ、いつ開ければいいんだ?」
「いつかわかるよ……それを開くべき時がね。ただそれが今じゃないとだけ言っておくよ。」
 正直言ってることがめちゃくちゃだ。前々からこんな感じではあったが今回はずば抜けている。俺に何をしたいのか・・・して欲しいのかまるでわからない。

「さて、ずいぶんと話し込んでしまった。私はもう行くね。」
「ん?急ぎの用か?だったら、悪いことしちまったなぁ引き留めちまって。」
「いや、ここで君会えてよかったよ。それ渡したかったしね。これから少し忙しくなるから本当にちょうどよかったよ……本当に間に合ってよかった……」
「師匠……今なんて……?」
 俺が問いかけるのを避けるようにさっさと後ろを向いて歩き始めた。言葉もこちらを見ずにそのまま続ける。

「ごめんな慌しくて……もう……時間が無いんだ(・・・・・・・)……」
 俺との距離をある程度とると歩みを止め再び俺の方を向いた。

「そのマテリアルは大事に使え。必ず必要になる……答えの先の為に……」
「師……匠……?」
「……それじゃ……さようなら(・・・・・)
 その言葉を最後にその場を立ち去った。俺は最後に聞いた言葉の意味が理解できなかった。だが、自分の中の何かが恐れていた。行かせるなと叫んでいたような気がした。だが、俺は引き止めなかった。引き止めようとしなかった。ただ去り行く師の背中を見続けていた……。

――その時、引き止めるべきだったのかもしれない。
――引き止めれば変わっていたかもしれない。
――だが俺は引き止めなかった……。
――だからこそ俺はすぐに知ることとなった。師の残した最後の言葉の意味を……
――恐ろしいほど……残酷なほど早く……
――別れ……永久の別れは翌日に訪れたのだから……

 次の日。遺跡を後にした俺は近くの宿で一夜を過ごし、手に入れたマテリアルをどうするかを考えていた。『大事に使え』……師の言葉を考慮して考えたがいまいち良い考えが浮かばない。だからこれはいったん保留にして、次の目的地を決めるため情報収集を兼ねて町を散策することにした。以前にも訪れてはいたがあまり見ていないので損することは無いだろうと踏んでいた。

――今思い返せばつくづく廻り合わせが悪かった。
――あの時さっさと他の町に行けばあんなつらい思いはしなかっただろう。
――少なくともあれほどひどい思いをすることは無かった……。

 俺は町を散策しているとある人物が目に入った。つい昨日別れたばかりの人。俺の尊敬する人。俺は迷わずその人の下へと歩み寄った。気兼ねなど要らない。だから俺は迷わず声をかけた。

――それがすべての始まりだった……

「やぁ師匠一日ぶりだな。今日はこんなところで何してるんだ?」
「……。」
 俺はその人の正面に回り声をかけたが、その人は呆然と俺の顔を見るだけだった。

「……し……師匠?」
「君は……」

君は(・・)……誰だい(・・・)?」