『時が近づいた……』
そうですね……
『彼がまもなく来る。』
そうですね……
『また一つ……刻まれる。』
そうですね……
『君は……これでよかったのかい?』
……。
『まぁ、いいか。僕には関係ないんだからね。』
……そう……ですね。
第5話 真実の意味
俺は耳を疑った。目を疑った。今目の前に居る人は俺になんと言った・・・?『君は誰』って・・・何をふざけたことを・・・。だけど、俺の中の何かがその違和感を否定しない・・・できない。それが恐ろしい・・・怖い。俺はいったい何をしたんだ?何をしてしまったんだ!?
「なっ……何言ってるんだよ……何ふざけてるんだよ!!」
「えっ……ちょっと何を……」
俺は状況が理解できず困惑したままその人の胸倉をつかむ。その人はかなり動揺している。いや、むしろ怯えているように見える。とても幾つもの苦難を乗り越える冒険者とは思えない。そのあたりで見かけるようなごく普通の青年にしか見えない。
「はっ……放して下さい!」
俺は言葉をなくした。今起きている事が何一つとして理解できない。俺は掴み上げていた手を放しその場から逃げるようにして走り去った。
「なにが……いったい何があったって言うんだよ!?」
考えてた。必死になって考え続けた。なぜこんなことになったのか?今何が起きているのか?頭の中を駆け巡る問いに何一つとして答えは出ない。どんなに必死になっても・・・
俺は走っていた・・・走り続けていた。行き先などあるはずも無い。今何処に居るかさえわからず。ただ頭の中を駆け巡るものから必死で逃げるように走り続けた。そして・・・気がつけばあの遺跡の前に立っていた。無意識のうちにここを求めていた。
――もしかしたら俺はもう理解していたのかもしれない。
――俺がそこにたどり着いたのはそういう意味だったのかもしれない。
――だから・・・なのだろう。次に何をすればいいのかを
俺は懐に手を入れる。昨日あの人から受け取ったものを取り出す。それがなぜ今なのか俺自身・・・わからない。だけど、俺の中の何かが言っている。『開くべき時が来た』と・・・
俺は手にした封筒の口を迷うことなく開き、中に入っているたった1枚の紙を抜き出す。そこに書かれていたのは二言だけ描いてあった。
『君に真実を教える――――――ごめんよ』
「どういう意味……だ?」
紙に書かれているのはたったそれだけ。他は書かれていない、なにかそれらしい仕掛けがあるようにも見えない。
「俺は……どうすればいいんだ?」
『………さ、…ぐ……くよ』
いつの間にか目の前が真っ暗になっていた。事態に気づくには相応の時間がかかってしまった。もしかしたら気を失ったのかもしれない。理由なんて解らないが少なくとも自分に何かが起きたことだけは明白なのだから・・・
――その時俺にはそこに書かれている意味なんてわからなかった。
――当然だっただろう。真実を教える・・・なんておかしな話だ。
――なによりなぜ謝ったのか、なんてその時の俺にわかるはずが無かった。
――その時の俺は何も・・・何も知らなかったんだから・・・
いったい何が起きたかなんて疑問に思うようなものじゃない。今の状況はそれ以前の問題だ。今解ることといえば、今俺は倒れているという事くらいだ。やはり気を失っていたようだ。どれくらいたったのか・・・わからない。頭をフルに使ったって答えは見つからない。
とりあえず起き上がらなければ話になら無そうだ。考えに考えて出てきた結果はたったそれだけだった。
「……何が起きたんだ?ってか、なんて俺、ひっくり返ってだ?……うっ!?」
起き上がろうとしたが体が思うように動かない。痛みは無いものの全身が痺れているような感じだ・・・だが、それも時間と共に少しずつ薄れて行きようやく立ち上がることができた。
「……何とか起き上がれたが…ここはどこだ?」
周囲を見回してみたが、そこはとても暗く見通しが悪い。見えて一歩先がいいところだろう。それは、夜というにはあまりにも不自然だが、どこかの中に閉じ込められているわけでもない。そして、何よりその場に居て最も感じるもの――それは違和感だ。
自分以外の取り巻くすべてに対して違和感を感じる。自分の吸う空気も、踏みしめる大地も、闇の中で見えずともその違和感を放ち続ける何かも・・・すべてがすべて・・・違う。
「だけど……どうしてこんなに」
心がざわめく。自分の中にある何かがものすごい勢いで何かを訴えている。そして、その訴えている自分の中の何かも他のものと同じ違和感を感じる。
――なぜ?
――何かがおかしいのに……
――何かが違うのに……
――そこに存在するものすべては俺とはまったく違うのに
――そこに存在するものすべて異質なのに……
――なのにとても……
「――なつかしい……ですか?」
「っ!?だっ、だれだ!?」
突然闇の中から声が聞こえた。それはとても希薄なようで圧倒的な存在感を誇示するかのような・・・
「だれ?……っか。そうだね。確かにそう問いたくなるだろうね。僕は誰で、ここは何処で……」
声の主は闇の中からささやき続ける。居るのはわかっているのに。その圧倒的な存在感を肌で感じているのに・・・何処にいるかわからない。確かに存在しているのに存在していないかの如く・・・
「君には知りたいことが山ほどあるだろう。君が探している答えは今の君には見つけられないのだから。だから、君には何も見えない。あると解っているのに、居ると知っているのに何も見えない」
声の主はささやき続ける。自分の最も近くで、あるいは最も遠くから・・・その声は独り言のようにささやき続ける。
「君は何を望む?君が探す答え?君が求める結果?それとも……」
「……あんたはいったい……」
「君が得る真実?」
「!?」
「真実……そうか、君はそんなものを探しているのか。真実……それは決して嘘偽りの無いもの。ただそこに存在し続けるもの。この世で最も単純で簡単なもの。この世で最も得難きもの。」
「真実……俺が得る真実……それっていったい何なんだよ!?」
姿無き――存在なき声に問う。その叫びは闇の中へと吸い込まれ一時の静寂を返す。
「真実……君が得る真実。それは彼が与える真実。彼の手に入れた真実。」
「彼の……真実?」
「そう、彼の真実。かつて君が師と仰ぎ敬ったものが手に入れたもの。」
「っ!!?」
「手に入れたがゆえに進んだ道。真実を得たがゆえに行き着いた結末。」
「何か……何か知ってるのか!?あんたは!教えてくれ!いったい……いったいあの人に何があったっていうんだよ!?」
再び姿無き――存在なき声に問う。その叫びは再び闇の中へと飲み込まれ、また静寂のみを返す。
「答えろ!!答えてくれ!」
だが、答えは返ってこない・・・ただ静寂だけを己が元へと返すのみで
「散々喋っといてどうして突然黙る!?答えろ!!!」
「……に…………はあるのかい?」
「だから答え…………今…なんていったんだ?」
更なる静寂が包み込む。それは何か圧迫感すら感じられる静寂。威圧され押しつぶされそうになるほどの沈黙。
「そう……君に真実を知る覚悟はあるのかい?」
「覚悟?なぜ覚悟しなくちゃならない!?そんなものがどうして必要だというんだ!?」
「君は知らないから……真実を知ることの重さ。つらさ。苦しさを……今知ることをやめ今まであったことを忘れれば、少なくとも……君は不幸にはならない。苦しむことは決してない。」
「不幸?苦しむ?なぜそういいきれる!他人のつらさがどうしてわかりきれるか!そんなこと誰にも解るはずない!」
「……解る……解るんだよ。君はそれをまだ知らないだけ。知れないだけ。だから僕は聞いているんだ。覚悟を……これから迫る苦しみに耐える覚悟を」
「……知ったことか。」
姿無き――存在なき声の言葉をなぜか真摯に受け止めながらも強く・・・強く心の中の何かが俺に言わせる。
「俺はそんなこと知ったことじゃない。苦しみだの不幸だの覚悟だの。そんな御託を並べられようが知るものか!!俺は進む。今見えているものに向かって!誰になんと言われようともだ!!」
なぜか自然と言葉が紡ぎだされていた。普段からそんなことを思っているわけでも、考えているわけでもない。ただ漠然と心の中の俺がそう叫ばせる・・・なぜ?
「……そうか。それが君の君なりの覚悟。君自身の心」
姿無き――存在なき声はどこか悲しげで儚げに響き渡る。
「だったらもう止めることは出来ない……君を……君の中のエーヴァを止めることは……」
「俺の中のエーヴァ……?どういう意味」
「ならば君に渡そう。彼が手に入れた真実……君に託した真実を」
突然周囲の暗闇が薄れていき、視界が広くなっていく・・・そして、遠くに何かの影が少しずつ・・・少しずつ浮かび上がってくる。
「………………なんだよ……あれは……」
「彼が手に入れ、彼が託し……そして、君が受け取った真実……」
自分の目に写るもの。それが、何なのか解らない・・・解らないはずなのに・・・
――知っている
――俺は知っている……あれが何なのかを……
「あっあぁ……あぁぁぁっ!!」
心が乱れ・・・暴れ狂う。俺の中のすべてが悲鳴を上げる。その衝撃で心が壊れてしまいそうなほどに・・・
それが、俺の手に入れたもの。それが、俺に託されたもの。それが真実。
「……さぁ、君はこれから進むだろう。君がなるべきもの――君が挑むべきもの。それが解っただろう?」
「あっ……そっ…そんな!嘘だ……ありえない。そんなはず……」
姿無き――存在なき声はまるで彼を哀れむように・・・慈しむように静かに言った。
「もう……遅いんだよ。君はもう…止まれない。君は……」
――君はもう世界の敵となったんだ。